Mi amas vin.

My life is my message

感情の美しさは『出し方』で決まる

100日チャレンジ82日目

 

 

今日ね、

まっすぐに涙を流しながら

『パパがいなくなって悲しい』

って泣いてる3歳の女の子と

 

 

出会えて良かったと心から思う

だいすきなひとがいるんだけど

そのひとと訳あってずっと会えてなくて

『さみしい』って

まっすぐに呟いて涙を流してる

おともだちの姿を見て、

 

 

ああ、なんて、美しいんだろう。

 

 

って思ったの。

 

 

悲しみも

さみしさも

 

真っ直ぐに出せたなら

それはとびきりに美しい感情なんだなあって。

 

 

悲しみはまだ愛せてるけど

さみしさって、

なんか勝手に、人前に出していいものじゃないって思ってたの。

 

 

さみしさは

抱きしめるもの。ひとりで。

 

って思ってた。

 

 

わたしはこれまで

さみしさを、人や恋愛や性で

埋めようとしてきてて

それはよくないんだなあって

その人との『ほんとうのつながり』には

ならないんだなあって

自分が自分で、さみしさを抱きしめて

孤独と手を繋げて初めて、真に

誰かと繋がれるんだって、

そう思ってきたの。

 

 

だからわたしは

誰かの前で

「さみしい」って

言えたことがそんなにないと思う。

 

てか、ないな。

 

思い起こしても、思い浮かばない。

 

 

さみしさは、たくさん感じてた。

でもそれがそのまま言えなかったり、

真っ直ぐには表現できなかったり

さみしさを拗らせたりしてたんだよね。

 

 

真っ直ぐに

『ねえ、まゆ、さみしいんだ』

なんて、言えたことない。

 

 

 

 

だから、

今日のそのおともだちの

「さみしい」ってただ真っ直ぐに

呟いている姿が

まゆ的には衝撃的だったんだ。

 

 

でもとっさに、

まゆは彼女の名前を呼んで、

彼女を抱きしめていた。

 

 

「さみしい」と真っ直ぐに言う

その姿は愛おしくて美しくてたまらなかった。

 

 

まゆの中の

「さみしさ」に対するジャッジメントが壊れた瞬間だった。

 

 

 

悲しみもさみしいも

本来きれいな感情。

本来うつくしい感情。

 

 

 

それは

真っ直ぐであればあるほど

ストレートであればあるほどに

美しいんだなあって、わかった。

 

 

 

まだまだ、

いろんなものや

いろんな感情に対して

ジャッジメントがある自分に気がついたし、それを赦すだけじゃなくて、真っ直ぐに表現できるようになっていきたいなって、思ったんだ。

 

 

 

 

 

今日は清里でのラストバイトでした!!

12/29から1/3まで

みんなが仕事納めしてゆくなかで

よく今日までがんばりました!!

 

 

ご褒美に最後の夜は

お客さんとしてディナーを食べたよ🍽

 

 

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ワイン好きじゃないまゆが

唯一大好きなワイン「神の畑」f:id:mayu76:20220103232321j:image

 

 

 

明日ついに東京に帰るぞー🏃‍♂️

 

おやすみ!