Mi amas vin.

My life is my message

新潟3日目。

100日チャレンジ20日

 

 

 

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いつもこういう日は

空がきれいだった。

太陽の光が力強かった。

 

 

おじいちゃんのときも

ひいおばあちゃんのときも。

そして今日も。

 

 

 

更地になった

実家があった場所

見てきた。

 

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三次元的な喪失は、

目に見えない永遠性、

魂の繋がりを味わうためにある

 

って思った。

 

 

去年の9月におばあちゃんが死んでから

一回もお墓参りに行けてなかったんだけど

今日ついに。

 

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ようやくきたよ、いつもありがとう。

これからも見守っててねって伝えてきた。

 

 

 

空には虹が。

返事をされてるみたいだった。

 

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優里のシャッター、いま時間差でハマってるんだけどこのEsus4からのE!!からのGがたまらなく好きすぎてやばい。

 

 

たまらなくすきな音。

 

たまらなく好きな音階の流れ。

 

 

見つけてしまった時の感動はすごい。

 

 

ギター触ったり触らなかったりを繰り返しながら早1年。

 

ようやくBmとか抑えられるようになってきた。

 

今回ギター持ってきたのは新潟に置いてこうと思ったからだったけど、ちょっと迷ってきた。東京のシェアハウスにもギターはあるんだけどこの自分のやつは幅が狭くてコード抑えやすいのだよなあ。

 

 

また突然上達したい欲出てきて

どうせなら慣れてるギターで上達したい

でも生きる荷物増えるのもやだなあ

どうせ東京もすぐ出るし

という感じで迷ってる。

 

 

 

 

 

今日は高校の部活のときからの親友と会ってね。

 

 

1年以上ぶりの再会だったんだけど、

会った瞬間ハグしてそれがたまらなく

しあわせだったな〜

 

 

そしてそのおともだちは、

「わあ〜!まゆだ〜!生きてる〜!ねえ、触ってもいい?」って言ってまゆに触ってて笑

 

めちゃおもろ!って思った笑

 

けどこれ、よくあるんだよね。

 

 

まゆという実物が登場するとびっくりするひと、なんか一定数いて。笑

 

 

「本物だ〜」とか

「わあ〜生きてる〜」って言われると

君たちの中で一体まゆは何者になっとるんや!って1人突っ込んでたのしんでる。

 

 

妖精でも仙人でもなんでもいいけど、

まゆは実に人間らしく生きてるぞ?

と思う。

 

 

超絶人間くさいひとが

なぞに神格化されるのは不思議なもんだ。

 

 

 

 

 

 

「まゆはいつも人に対して

先入観なくフレッシュな気持ちで

接するからそれが相手にとっては嬉しいんだと思う」って言われて、なるほど!ってなった。

 

 

わたしは、

結構[忘れる]という機能があるし

始まり!終わり!

生きる!死ぬ!

出会う!別れる!

みたいな

生と死のサイクルが活発だなとは思ってて。

 

 

だから、

目の前の人に対して

フレッシュな感覚なのは

極めて当たり前のことだと思ってて

それが、当たり前ではないということを知れてよかった。

 

 

 

 

 

 

相手の立場に立てることはすばらしい。

相手に見える世界を想像できることは愛だと思う。

 

 

でもまゆは、

相手のことを考えすぎて

言いたいこと言えなくなったらだめなんだ。

 

まゆはやっぱり

まゆらしく真っ直ぐに生きようって思った。

 

 

役割なんだ。

 

 

我が道をゆくひとと

相手のために何かをするひとと。

 

 

 

友達と話してて気が付いたんだけど

彼に影響・感化されて

このわたしがたぶん人生史上最も

相手に気を遣って振る舞ってたけど

結果すれ違ってるんだよね。

意味なかったやん、って思って。

 

 

真っ直ぐ、素直に。

 

 

それに勝るものなんてないんだと思う。

 

 

そこは、きっと生き方の大きな分岐点なんだと思った。

 

 

コミュニケーションのうまさを、

自分の本心や真実をいかに、まっすぐに素直に言葉にして伝えられるかっていう自分尺度と、

相手が求めてるだろうものをいかに察知してそのように振る舞えるかっていう相手尺度と。

 

 

どっちでもいいんだと思う。

わたしは前者だった。

 

わかってたことだったけど、

後者に触れてなおいっそう

やっぱりわたしは前者だってなった。

 

 

 

 

 

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そのおともだちがこれくれた〜

うれしかったなあ。。。。

 

 

「まゆのことどう見えてる?未練あったり引きずってるように見える?」

って聞いたら

「え、ぜんぜん」って言われて笑った笑

 

 

 

切なさって貴重なのよ。

 

痛みって甘美なのよ。

 

 

だからもう、余すことなく味わいたい!ってまゆがいるなあ〜と思った。

 

 

執着しないようにと

コントロールしようとするよりも

勝手に終着するまで執着してたらいい

ってのも思ってたからね。

 

 

だから、いろんな人間的な感情を

たんと味わい尽くそうと

切なかったり痛かったり泣いたりしてる自分と

それら自分を、

たのしそうに眺めている肚のすわった自分と

両方を感知している。

 

 

 

 

そしてね、

何度も後悔の念に戻ってしまう

過去の自分の未熟さを赦すことにした。

そうしたら、今見えてる彼の未熟さも

ゆるすことになるんだなあって思った。

 

 

いつの日か

こんなときもあったねって

ふたりで笑って話せたらいいな。

 

 

いつの日か

君の絶望を共に笑い飛ばせたらいいな。

 

 

今はそんな気持ちだ。

 

 

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おわり。