Mi amas vin.

My life is my message

わたしの家族。愛をありがとう。

 

 

この気づきをしてから

よくも認められていないだなんて、思えたな。 - Mi amas vin.

お母さんとわたしの間に

流れるものが、ガラリと変わった。

 

 

 

わたしの中で

 

お母さんを責める気持ち

お母さんに対する被害者意識が

 

まるでなくなった。

 

昇華された。

 

 

 

 

そうしたら、

 

いままで

わたしたちの間はどこか

気まずかった空気が流れてたけど

やわらかいものになったし

 

 

あんまり長い時間2人で一緒にはいれない感じだったのに

いつまででも一緒にいれそうな気がしたし

 

 

初めて

わたしとお母さんとふたりで

ふたりともが心の底から笑いあえてる瞬間があった。

 

 

うれしかった。

 

 

いつぶりなんだろう

って思った。

 

 

 

わたしがひたすらに

《受取拒否》をしていた。

 

お母さんからわたしへの想い

お母さんからわたしへの愛は

 

いつだって

ただ、そこに在った

 

 

 

それを

邪魔していたもの

阻止していたもの

妨害していたもの

見えなくさせていたものが

 

消えた。

 

 

 

それからは

やたらとお母さんにイライラしたりしてたわたしが、

一度もお母さんの姿にイライラすることはなかった。

 

 

 

お母さんを許すこと

だと思ったいたけど

 

許す・許さない  とか

そういう話じゃなかった。

 

 

わたしが、

過去の事実から

選んだ解釈を

脳のバグを

 

ほどくことだけだった。

 

 

 

 

認められていない生命[存在]なんて

この世に、いない

 

愛されてない生命[存在]なんて

この世に、いない

 

 

 

 

認められてない

愛されなかった

と本人が事実を勝手に解釈してるだけ

 

 

 

 

それに気づいて、

 

 

わたしが、

変わったら、

お母さんも

めちゃくちゃ変わった。

 

 

 

すんごく下手くそで不器用だったけど

わたしが『ごめんね』って言った。

 

これまで散々お母さんを責めてきて

母親失格だぶりに責めてきて

 

ほんとうにごめんね

 

って気持ちを、

 

 

うまく言えなかったけど、

なんとかちょびっと言えた。

 

最後の最後に。

 

 

 

 

そうしたらお母さんが

 

『いいんだよ、ままもちゃんとした母親じゃなかったし、よくわかんなかったんだ、でも今は、まゆのこと頑張って応援してるよ。いつでも帰ってくるんだよ。待ってるからね。』

 

と言ってくれた。

 

 

そして・・・・

 

 

 

 

『まゆ、だいすきだよ』

 

 

 

 

って言って、

わたしに抱きついてきてくれた。

 

 

お母さんのほうから。

 

 

びっくり仰天とうれしさとで一瞬現実を

あたまがうまく処理できなかった。

 

 

これは

わたしたちのこれまでにとっちゃあ

めちゃくちゃなミラクルと革命だった。

 

 

 

【お母さんを責めるわたし】がいなくなったら

お母さんは、わたしに対して

ただそこに在るものを

出せるようになった

表現してくれるようになった

 

 

 

 

《お母さんからのだいすき》

わたしの最後の記憶は

 

わたしが小学生くらいのころ

お母さんが書いてくれた

クリスマスカードの

1番下に、

お母さんの手書きで『だいすきだよ』

 

って書いてあった。

 

 

それがわたしは、

すごくすごくうれしかったのを覚えている。

 

 

それ以降、

わたしは

お母さんからのだいすきを

目に見える形で見たことはなかった。

 

 

 

というのも、

 

わたしが

お母さんに対して

 

『ひろき(兄)ばっかりえこひいきしてる!ひろきの方が好きなんだ!まゆのことなんてままは好きじゃないんでしょ!!』って

ひたすら言ってヘソを曲げていたのは

小学生のころから始まっていたからね。。

 

 

わたしは

お母さんからの

『だいすき』

という言葉を聞いて

抱きしめられて

泣いてた。

 

 

泣いてるわたしを見るお母さんの目にも

涙がたまっていた。

 

 

 

お母さんは

別れ際

最後の最後まで

手を振ってくれた。

 

 

バスの車内、

お母さんが溢れる愛を

受け取ったわたしは

うれしさと喜びで泣いた。

 

 

その瞬間、

入院中のおばあちゃんの顔が、ふと、思い浮かんだ。

 

 

・・・その瞬間に気づいた。

 

 

 

『これだ。』

 

って。

 

 

 

おばあちゃんに呼ばれてる気がした

その答えはこれだって。

 

 

これは、おばあちゃんからのプレゼントなんだ、と。

 

 

 

おばあちゃんが最後、

 

わたしとお母さんを

繋げてくれたんだ、と。

 

 

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そう気付き、空を見上げるときれいな翼が空に漂っていた。

 

 

 

 

 

 

ずっと、おばあちゃんっこだったわたし。

 

 

でもおばあちゃんはずっと気にかけてた。

 

 

『まゆのお母さんはままなんよ』

『ままにもちゃんとお話しするんよ』

『ままとも仲良くやっていくんよ』

 

 

って、おばあちゃんは言っていた。

 

 

でもわたしはその度に

 

『でもどうせままは、まゆのこと興味ないから』

 

って言ってた。

 

その当時は、本当にそう思ってた。

 

 

 

 

 

今回、わたしは、

いろんなストーリーや出来事が重なり、

 

おばあちゃんに『会わなければならない』気がしてた。

 

 

でもいざ会ってみると、

いろんな感情が生まれて

会ってよかった、と心から思ったけど

おばあちゃんとの時間のなかで

心が震えて泣くとかはなかった。

 

 

 

そうしたら最後の最後に

お母さんとの時間で

わたしは心が震えて泣いた。

 

 

それを経てついに

伏線回収!みたいな

謎解き成功!みたいな

謎の、ど納得感  ・腑に落ち感 があった。

 

 

 

 

 

新潟に帰ってきて

わたしが保育園のころから

ずっと生まれ育った実家に

ひとりで過ごした夜。

 

 

お父さんと呼んでいた

おじいちゃんも死んで

 

おばあちゃんと呼んでいた

ひいおばあちゃんも死んで

 

お母さんと呼んでいたおばあちゃんも

いまはもう話せなくなった。

 

 

4人でこの家で暮らしてきた。生きてきた。

 

でもいまは、この家に、わたし1人。

 

 

『あれ、わたしって、《家族》を失う?』

 

ってふと思った。

 

 

この家だって、いずれは消える。

 

 

 

家族  という言葉を聞いて

思い浮かぶ、ひと、いえ、

どんどんこうやって

この世から無くなっていく。

 

 

すごい虚しさや寂しさを感じてた。

 

 

でも、ここにもいた。

お母さんがいた。

 

 

お母さんとも、

わたしはずっとちゃんと、《家族》だった。

 

 

 

おばあちゃんからのプレゼントは

わたしのタカラモノになった。

 

 

この胸に輝く、大切な。

 

 

 

 

 

そんなおばあちゃんが残してたメモ。

 

10年前のわたしとの会話。

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わたしはこのときの会話を覚えてる。

でもおばあちゃんが泣いてたなんて、しらなかった。

 

言葉の端々から、

おばあちゃんからわたしへの想いが、溢れてた。

 

 

まゆはテレビをつけたら七色の画面になった。周りをみたら誰もいなかったと話す。お母さんはこころの中で泣いた。まゆはどんな思いで七色画面のテレビを見ていたのだろうかと・・・・・

 

まゆは波乱万丈の状況のなか

まゆなりにいろんな苦労をしてたんだなととてもかわいそうだなと思った

 

 

お母さんは寝てから、まゆの小さい頃のこと、七色画面を見ていたという事、涙が溢れて眠れなかった。まゆは小さいながらも孤独だったんだなと思った

 

 

 

 

トラウマにならない事願う。愛情いっぱいあげなきゃな。まゆ幸せになるんだよ。

 

 

 

 

このおばあちゃんの言葉たちに

泣いた。

 

 

 

おばあちゃんへ、

 

やや、トラウマにはなっちゃったけど、

これが根っこで

苦しいことも

生きづらいこともあったけど、

 

 

わたしは、

しあわせになるよ。

しあわせだよ。

 

 

ありがとう。

 

 

おばあちゃんの覚悟の通り、

たくさんたくさん、

めいっぱいに愛情をくれたこと

全部しっかり受け取ってるよ。

 

ありがとう。

 

 

 

 

そしてこの際、

このわたしのブログを読むことがあるお父さんにも。

 

パパへ

 

 

わたしは、

パパが暴力振るってたのも

ママのことが許せなかったのも

わかっているよ。

 

悲しくて辛くて怒りがどうしようもなかったんだよね。

 

わたしは、

暴力ふるってようと

キレやすくても

口が悪くても

 

パパのことがだいすきだよ。

 

 

パパからわたしへの愛は

さいころからずっと

受け取ってるよ。

 

 

昔の写真見返してたらこれが出てきて、

このパパの手に、わたしへの愛が溢れてるように見えて、涙が出たよ。

 

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ずっと、パパは

『まゆちゃん、まゆちゃん』って

可愛がってくれた。

 

小さい頃の

わずかな一緒に暮らしてた期間の

大切な思い出話を

にこにこきらきら嬉しそうにいつも話してくれた。

 

そんなパパの姿がわたしは何よりうれしかった。

 

 

わたしは、

パパと

ママが

憎しみ合うことなく

傷つけ合うことなく

一緒に生きれたらそりゃあよかったけど、

 

でも、

わたしからのふたりへの『好き』は

変わらないよ。

 

 

わたしを生んでくれて

育ててくれて

たくさん愛してくれて

 

ほんとうに、ほんとうに、ありがとう。

 

だいすきだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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おばあちゃん、すてきなプレゼントを、ありがとう。

 


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お母さん、『だいすき』を、ありがとう。