mayu76’s diary

感じたままを、ありのままに、正直に。

全ては自分で選べる。

被害者ぶりたい自分を認める。
だったらもうばーって出してみちまえよ!
と思ってなおに対しての文句を書きなぐった箇条書き。

 

・顔面を鷲掴みにされ、指が目に入った
・叩かれた
・「死んでほしいと思った」って言われる
・「もうやめて。邪魔くさい」って言われる
・リハビリを手伝ってもキレて「1人でやる」と言われる。でもいざそのまま放っておくと、「どうして手伝ってくれないの?」「どうして助けてくれないの?」と言われる。
・ご飯を作っても来るのは文句ばかり
・というか、なにをしても文句ばかり
・殴られるかもって瞬間が最近よくある
・なおはなおフォーカスなのに、わたしがわたしフォーカスになると一緒にいたくないと言われる
・主人公はなおだから、なおを見てっていう強烈なアピール
・わたしがいる後ろを全く気にせず、あたかも1人で行動したいかのように、1人スタスタと歩く

 

 


リハビリの痛み、ストレス、過食。
なおはいま、
盛大にジタバタしてて、
怒りに飲まれて、
わたしを突き放す。当たり散らす。

 

 

がんばって
勇気をだして
差し出した手を
簡単に振り払われる。

 

 

リキシャのドライバーや
スーパーの入り口の人に
この日本人みた?って聞き回って
ようやく居場所がわかり、なおの姿を見つけ
少し迷ったけど勇気をだして歩み寄っても、
簡単に振り払われる。

 

一緒にいたくない。なんできたの?
って目で見られる。

 

どうして?

なんで?

なんなの?

せっかく〜したのに。

がんばって〜したのに。

勇気を出して〜したのに。

 


自分のニーズは
「茉優と一緒にいること」
「助けてもらうこと」
っていつもなおは言っているのに、

どうしてわたしを振り払うの?

どうしてわたしを突き放すの?




 

 

そんな風にいつも被害者ぶって、
すーぐ自分で自分を傷つけてた。


でもそれは、
《選べる》ということに気がついた。


ひどい!って被害者ぶって自分の傷にフォーカスし続けて、相手に怒りや憎しみをぶつけることもできるし、

 

相手からのそれをただ受け取って、ただひたすら、相手のほんとうのニーズに目を向け続けることもできる。


相手によって、自分が過去に傷つけた、自分の傷、が照らされてる。そこをまた傷つけるかは、わたしが選べる。

 

 

そんな風にしてしまうほど、
そんな風になってしまうほど、

苦しいんだよね、
SOSなんだよね、
って。

 

そう思えたとき、
どんな言葉を吐かれても
どんなに拒否されても

 

「わたしはあなたの方を向いているよ」
ってことを、伝え続けようと思える。

寄り添おう、と思える。

 


数日前、突然思い出した。
かつてなおと、やりとりをした。

自分や相手の、どんなに醜いところも、どんな怒りにも、どんなにジタバタしてても、
それを可愛らしく、愛おしく思えたなら、目に映る世界はどれだけやさしく、あったかく、すてきなんだろうね、って。

いつかそんな世界にいきたいねって。

そう2人でやりとりしたときがあった。


その最大のチャンスだ。

 

 

 

そしてもう1つ。

怒りに飲み込まれて、手が出るなお。

それはわたしが見てきた父親の姿と重なる。
それは過去にあった自分の姿と重なる。

 

父親はすぐにカッとなる人で、
母親に暴力してた。
よく、ものに当たってた。

 

そしてそんな父親と、似たところを持っている人とわたしがお付き合いをしてたとき、
彼がキレてものに当たってる姿を、

わざと、あえて、冷めた目で見てた。
怒りに飲み込まれてる様を
ものに当たってる様を
鼻で笑うようにしてた。

 

 

そうしないと、胸の中に生まれるドクドクした怖さに平気でいられないから。

 


でもそれは、ほんとうは、全然、平気でいられてなかった。

なかったことにして、無視して、抑え込むことは、できてなかった。

 


ある日、爆発したかのように、
わたしが怒り狂ったときがあった。

 

別れたいのに別れさせてくれない
離れたいのに離れさせてくれない
帰りたいのに帰らせてくれない。

 

そんな彼にわたしは、一瞬にして暴力的になった。

叩いて蹴ってひっかいて。

ようやく外に出れてもしつこく追いかけてくる彼を、傘で本気で殴ったりもした。

 

そして、そんな自分を、
見たこともない、暴力的な自分を
許せなかった。醜いと感じた。

 

父親やこの人と、自分おんなじなんじゃん。

そう思った。

 


そしていまは、なお。

手が出るなおに対して、
「結局父親とおんなじなんじゃん」
そう思ったことがあった。

 

でもそれは
わたし、ともおんなじ。

 

みな、その部分を持っている。


その部分をなかったことにすることも、
消し去ることもできない。

 

 

それは常にわたしの中にあります。
それを認めます。
それを受け入れます。
そしてそれを、愛します。

そう許すことが必要なんだ。

 

 

それはわたしにとって、
クリアしなくちゃならないものなんだな。

 

 


昨日なおとも話してたけど、
たまに、
もうこんなんだったら、
リハビリのために日本に帰ってもらって
なおと離れて、
自分1人の時間を作ったほうがいい。

そうすることで、今のわたしのテーマである
『自立』にも近道だと思った。


自らなおから離れようとするとき、
いつも体が震える。

怖いんだね。

 

もう1人で生きていけなくなるような、おっきなおっきなものを失うような、怖さを見る。

 


今までわたしは、恋愛関係の人間を
自ら振って、自ら離れたことがない。

 

なぜだか、それができない自分でいつもいた。

 

そこには絶対何かある。

 

だから、いま、このときが、
「そのとき」なのかもしれないと。

 

 

自分でも、どこか、薄々わかっていた。
自ら離れれない自分の弱さに。

 

そこには、カラッとした潔さはない。

涙や寂しさなどのじめっとした感じ。
でもそれじゃあ自分の中にカビが生えてしまうんだよね。

 

怖いけど
嫌だけど
今は離れることが
お互いにとってベストな道なのか。


その「離れる」にはなんの保証もない。

関係が続く保証も
気持ちが変わらない保証も
いつかまた会える保証も
ぜーんぶない。

 

アニッチャ。全ては移り変わっていくから。

 

離れるときは、全てを失う覚悟で離れるのだと思う。

 


『自分を大事にする』の意味を履き違えてると気付き、

 

「自分を大事にする」じゃなく
「自分だけを大事にする」自分に気付き

 

自分で選んで行動してるくせに
そんな自分はもうなおのパートナーなんかじゃないと、責める自分に気付き、

 

もっと、その瞬間、なおに対して、こうしたい、と思ったように、行動をしたいって、自分の望みにも気付き、

 

わたしがなにを選ぶかで、生まれる現実はこんなにも変わってくる、ということを実感し、


さあ、わたしはなにを選択するのか。

変わるのは常に今、この瞬間。

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