Mi amas vin.

My life is my message

「ごめんね」と 「本当にありがとう」

昨日の夜だった。

 

 

直とふたり、車につんだふとんの中に入り。

 

 

ふと、涙を流す直。

 

 

 

痛かったよ。

悲しかったよ。

やだったよ。

もうあんなのやだよ。

 

 

 

そう、まっすぐ、きれいな目をして

純粋そのものな表情をして。

 

 

 

あれだけ謝れなかったわたしが

罪悪感を感じれなかったわたしが、

 

 

 

初めてのレベルに、

胸がくるしくてたまらなくなった。

謝りたくてたまらなかった。

罪悪感で胸がいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

直に

謝れよ!って

罪悪感を感じろよ!って

怒って、怒鳴られて、罵声を浴びせられるより

 

 

 

なにより、

 

 

 

ただ、そのままに、

 

ただ、純粋なままに、

 

 

悲しかったよ。

やだったよ。

 

って、

 

そう言われることの方が、

人ってしんどいんだなあって。

 

そしてそれが1番、心にくる。

 

 

わたしはたくさん泣いた。謝った。

 

 

 

眠る前に、

 

直が、

 

もう、謝ってほしいとか罪悪感を感じてほしいとか、そういうのいいかも。茉優のことはコントロールできないし、どうであってもかわらないきがする。そういってた。

 

 

【「こうにあってほしい」っていう相手のスタンス】を諦めた。手放した。

 

 

そしたら、

 

直の望むふうに、自然と、わたしがなった。

 

 

 

これっとほんとにおもしろいなっておもう。

 

 

 

求めて、求めて、躍起になって、

訴えて、怒っても、

 

決してそれは手に入らない。

 

 

人の気持ちも愛も。

 

 

それらを、辞めて、

自分がただ、自分で在ること。純粋性のままに。

 

そうしたら、それは目の前に現れる。

 

 

 

【諦めることが、始まり】

 

 

そんな風に思う。

 

 

 

 

この夜を過ごしてからは、

 

 

わたしの中がまた大きく変化して。

 

 

エゴは防衛反応として、

自分を守ってきてくれたもの。

 

だから。

 

受け入れる。

そのままに。

 

でも、

もう大丈夫なんだよ、って。

 

あなたは、そんなに頑張らなくて、大丈夫なんだよ。

 

って、抱きしめてあげる。

 

 

 

ずっと、

このエゴの中に、

埋まりこんで、

 

ずっと、ずっと直を傷つけてきた。

 

 

でも、

 

痛みを、

罪悪感を、

 

本当の意味で、味わえるようになってから、

 

 

ほんとうのところ

本質のところ

 

で、

やりとりができるようになってきた。

 

 

 

 

そうしたら、

過去のいろんな場面をふりかえったときに、

 

 

わたしが、

わたしに、

 

感じることが変わってきて。

 

 

 

 

直が直を守るために

 

 

盛大に、

 

がんばってくれた直のエゴちゃん。

 

 

 

それに対して、

 

わたしはなんてひどいことをしてきたのだろうって。

 

 

 

突き放して、

追うこともせずに、

放棄して。

 

なのに、

 

直はいつも、

 

手のひらを広げて、

手を差し伸べてくれた。

 

 

豊島に来てくれて

一緒に壇山行ってくれて

わたしが他の人とせっくすしたところに

一緒に行って、わたしを抱きしめてくれた

たくさんの涙を拭ってくれた。

 

愛してくれた。

 

 

無茶を言うわたしのわがままを聞いて

高知から松山まで夜、疲れ切ってる中

車を走らせてくれた。

 

 

 

直のこころの傷はぼろぼろなのに。

 

 

 

 

 

 

その直の行動の、

言葉の、訴えの、

 

 

ひとつひとつが、

 

 

一体どんな想いだったのだろう、と。

 

 

想いを馳せたら、

 

もう、

胸が苦しくて

 

涙が止まらなかった。

 

 

 

 

そして言った。

 

「直。ごめんね。ずっとずっと、ぜんぶ、ごめんね。そして、本当に、ありがとう。」

 

 

って。泣きながら。

 

 

 

 

素直になれないわたしが

意地っぱりなわたしが、

謝らなかったわたしが

罪悪感から目をそらしてたわたしが。

 

 

 

 

ずーーーーーーっと、

そこには、

 

とんでもない愛があったね。

 

 

いつも、手を開いて、差し出してくれてたね。

 

 

 

 

ありがとう。ありがとう。

ごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

直を守るための

直のエゴちゃんに、

 

わたしのエゴちゃんが、

防衛反応してたね。

 

 

だから

お互いに、

 

たくさん戦ったね。傷つけあったね。

 

 

 

ほんとうは、

ふたり、愛し合ってるのに。

たいせつなのに。おもってるのに。

 

 

 

 

 

 

たくさん話した。

 

 

 

少しずつ、わかってきた。

 

 

 

わたしが他の人とせっくすしたのは、

 

 

いろんな要素があるけれど、

 

そのうちの1つに、

 

 

直がこれまで

他の人とのせっくすとかまぐあいとかに

 

動こうとしてたこと。

それを、1番やりたいことだと言ってたこと。

 

 

 

その直に、

 

 

何かを踏みにじられるような感覚を感じてた。

 

 

「わたしだけを見てよ!!」

 

 

って声が、ずーっと抑圧されてきた。

 

 

それが直のやりたいことなんだったら、、

その先で直が本当に幸せになれるなら、、

その先に直の望むものがあるなら、、

やりたいことわからないとよく言う直が唯一、自信を持ってやりたいと言ってる。それを、応援しなくちゃ。それに反対するなんて、、

 

 

そんな風に、

相手軸に立ち、

 

わたしの中に生まれてるほんとうの声を

 

見て見ぬふりして。

聞いてあげることなく、

ここまできたとわかった。

 

 

 

『パートナーがいて、

愛を感じてて

満たされてるのに、

 

どうして他に行けるの?

どうしてせっくすができたの?』

 

 

そう言ってくる直に対して、

 

 

『パートナーがいるのに

愛を感じてるのに、

「先に」他に行こうとしてたのはだれ?

他に恋してたのはだれ?

他のひとと、せっくすしようとしてたのはだれ?』

 

 

 

 

そう言葉を返すわたしがいる。

 

 

 

 

わたしは、

 

いろんな感情を抱きしめて、受け入れて、

 

たしかに直を見送れたわたし、もいた。

 

でも、最後まで、

 

いやなもんはいやだ!

見送りたくなんてない!

 

ってわたしの声も叫び続けてた。

 

 

 

100に振り切れて、ないことにしてた。そうでないと、しんどいから。そうでないと、これがやりたい!って言ってる直を応援できないから。背中を押さないから。

 

 

 

でも、そうやって、

 

わたしの中はどんどん腐ってた。

なにかが、削がれてった。

 

 

 

《パートナーとは、

お互いに相手だけを見て

一途に想い合うもの》

 

 

そんな理想は、

がたがたと、目の前で、崩されてった。

わたしの中で。

 

 

 

 

でも直としゃべって、

 

そこも、

ボタンを掛け違って

わたしが理解してたってわかった。

 

 

わたしじゃない人と、

せっくすしようとする

 

 

=わたしじゃ不十分。わたしだけを見てはくれない。

 

って思ってたけど、

 

 

直の中で、

初めて自分が女というイメージを持って

男の人との、せっくすを、イメージして

おなにーしたときの

体の感覚、心の感覚がずーーーっと消えなくて。

 

 

そのさきに、何かあるかもしれない、と。

 

 

それをずーっと追い求めてた。

 

【あの感覚】ってのがずっと頭から離れなかったと。

 

 

わたしたちは、

少しずつ、それぞれが違う方向へ、

どんどんと歪みは大きくなり、

 

なかなか、交わらないようになってた。

 

 

 

【あの感覚】を追い求め、

茉優に求める直。

 

求められたらいやになる茉優。

 

 

 

わたしは、

見送らなきゃ!

 

って思ってたけど、

 

見送れてしまう茉優に、

 

やっぱり、茉優以外の誰かじゃなきゃだめなんだ

 

と直はおもっていった。

 

 

そんな風に

どんどん、2人の間は、

2人が本当に望むこととは、

大きく違ってってた。

 

 

肚の声

子宮の声

ほんとうの声

 

 

それらを、

「言わない」でいることで、

 

人と人の関係って

 

 

どんどんどん、

なにがが少しずつ、ずれていく。

 

取り返しがつかなくなる。

 

 

ほんとに、怖いなっておもった。

 

 

 

 

【本当の望みと、1ミリも違わない選択】

 

をする先にしか、

 

本当の望みは、やってこない。

 

 

 

まずは、気付くこと。

 

 

 

わたしはなにを本当に、望んでる?

 

 

ってところを。

 

 

 

あれだけ散々、喧嘩して傷つけあって解散しまくったわたしたちも、

 

 

ようやく、

 

 

そこに在り続けてる、愛のままに。

 

 

関われるようになってきた。

 

 

 

 

 

 

お金も愛。

 

 

それを信じだした直。

 

 

 

自分にお金を使えて

=自分を愛せて

自分を満たせて、

 

だから、人を愛することができる。

人に《お金=愛》をわたすことができる。

 

 

 

お金に怖さや不安いっぱいのわたしが

受けてみたいと思ってた

3万円の子宮シーディング。

 

 

直がわたしてくれた愛で、

わたしはこれから、

山梨で、

子宮シーディングを受けてきます。

 

 

ありがとう。

 

 

お金のこと、またゆっくり書きたいな。

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