mayu76’s diary

感じたままを、ありのままに、正直に。

さようなら。被害者ぶってたわたし。許せなかったわたし。

 

先日、インドへ半年行く前に、新潟に行き、家族に会いにいって来た。

 

そして今回の帰省で、わたしは自分の中の【とんだ勘違い】を改めて、そして心から、実感した。

 

それはお母さんとわたしの関係。

 

結論から言うと、

様々な状況の中で

お母さんからのわたしへの愛は

ずーーっと【そこにあった】ということ。

 

お母さんは

ただ、不器用で、表現できなかったり

伝えることができなかっただけ。

 

わたしは、

決めつけてひねくれて、受け取れなかっただけ。

 

そんな2人だったから、

なんだかぎこちなくて

希薄で、あたたかみが現れないような

そんな親子関係だった。

 

その関係の出発点は、自分にあったのだな、と。

 

自分の思考の癖や行動の癖の根っこ、ルーツは

ぜーんぶ、自分の幼少期にあって

それはお母さんがわたしを愛していなかったからだ!と、過去を勝手に決めつけて、これまで生きていたのだけど、そのことを素直にお母さんに話すことができた。

 

わたしが2年前に大学を1年休学したころから、様々な巡り合わせと変化があった。その大きな変化のひとつにお母さんとの関係があって、お母さんへの感謝の気持ちに素直になれたら、わたしたちの関係はどんどんいいものになっていった。お母さんの中に在る、愛をすごく感じるようになってった。

 

それでもずーーーっと怖くて聞けなかったこと、

それは、

 

【お母さんはわたしが小さいとき、わたしを愛していた?】

 

って質問。

 

それをね、勇気を出して聞いちゃった!!!

 

怖かったけど、

もしインド中にどちらかに何かあって

二度とお母さんと会えなくなったとしたら、

わたしは後悔すると思った。

どうしてもその答えを、お母さんの口から聞きたいと思った。

 

そしてその答えは

『うまく愛せていなかった。若かったしそういうのわかってなかったんだと思う。下手だったんさ』

 

(わたしの中の何かがほどけた)

 

 

わたし『でもお母さんの中でわたしへの愛は生まれた時からあった?』

 

(めっちゃ勇気出してきいた)

 

 

母『そりゃあったさ〜。そうじゃなかったら、今こうなってないでしょ?』

 

(わあ〜〜って泣きそうになった)

 

 

 いま、お母さんは44歳。

お母さんが19歳のときに結婚して、お兄ちゃんを産んだ。

その3年後の22歳のとき、わたしを産んだ。

 

そしてわたしが2歳の頃、両親は離婚した。

 

 

(以下、おばあちゃんから聞いた話)

お母さんはお父さんに叩かれたり殴られたりしてた。ある時本当に殺されそうになって、靴も履かずに裸足で近くの消防署に逃げ込んだ。それがきっかけで家族に連絡がいき、そっこー離婚となった。

お母さんはほんとうに、誰かに相談したりせずに、1人で抱え込むタイプ。

だから、ストレスで髪が抜け落ちたり、精神安定剤を飲んだりしてた。

身体中につくってくる数々のあざの理由を、いつも「転んだだけ」と嘘をついていた。

 

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お母さんには、お母さんにしかない

辛さや苦しみ、葛藤があったのだと思う。

 

離婚し、自分の子ども2人は離ればなれになり、わたしとお母さんと2人での生活の中で、生きるために、わたしを育てるために一生懸命働いてた。そして常に男の人と付き合ってたけど、そのおかげでわたしたちに生きる場所があった。(ある時期はずっと、わたしとお母さんの生きる場所は、その時のお母さんの彼氏の家だった。いくつか住んでた家を覚えてる。)

 

それなのにわたしは、お母さんが

 

水商売をして働いてて、

常に男の人とお付き合いをしてたこと

から

 

【[母親]である前に、[おんな]であるお母さんを許せなかった】

 

 

わたしより水商売がたのしい

わたしより男がたいせつ

 

気付いたら、そんな思い込みを強く強く持ってた。

 

そして【母親失格】のレッテルを自分の母親にはっつけていた。

 

母親なのも

おんななのも

いち人間なのも

変わらない1人の人間なのにね。

(ひどい子どもだ!)

 

だから、中学生くらいのときから

固く握りしめていたものは、

 

【お母さんのような、人生は絶対に歩みたくない】

【二の舞を踏みたくない】

【男に人生を左右されるのだけは嫌だ】

 

これを強く握りしめてた。

 

 

 でももう、お母さんを許して、

これらの概念を、手放すときなんだ。

 

「おんな」の面を見せるお母さんへの抵抗感が生まれた自分。

お母さんがいまお付き合いしてる人と幸せそうな姿を、素直に喜べなかった自分。

(なんて子ども!)

 

そんな自分とさよならするときだ。

 

きっとお母さんを許せたら

許せる自分が増えるのだろう。

 

許そう、お母さんを。

 

人に許せないことは

自分に許せないことと、同じだから。

 

 

わたしはとんだ勘違い野郎だったよ。

もう、「愛されてこなかった」とか言って生きてくのやめようと思う。

 

だって、お母さんの愛はずっとそこにあったから。

そしてわたしはお母さんだけでなく、おばあちゃんからもたっっっっくさんの深くてでっかい愛をもらって生きてきた。

 

だからなおの表現でいうと

人の2倍ひとりっこ。

 

お母さんも独り占めして

おばあちゃんも独り占めって意味。

 

確かにそうだなあと、いまの自分は思う。

 

おばあちゃんがお母さんを産み、

お母さんがわたしを産み、

 

この当たり前のようで奇跡のような《つながり》。

 

わたしは最高に恵まれてる。

わたしは最高に恵まれてきた。

しあわせな家庭、しあわせな家族を持ってるんだ。

 

 

 

最後ばいばいするとき、

お母さんとハグができた。

人生で2回目のハグ。

1回目よりもちゃんとした、あったかいハグ。

 

インドから帰ってきたら、みんなできれいな滝を見に行こうと約束をした。

 

お母さんとする、初めての約束。

うれしかった。

 

お母さんのあんな

楽しそうな表情、優しい声も初めて見た。

 

この小林家に、そんな新しい風をびゅんびゅん吹かせてくれたなおに感謝してる。

 

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お母さん、

今までずっと愛してくれてて、ありがとう。

その愛を受け取れなくて、ごめんなさい。

そんなわたしを許してください。

今この瞬間、あなたを愛しています。

 

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