心がいいなと思うもの

先日八雲のキャンドルナイト

後輩たちとレンタを借りて行ってきた🚗

 

まず会場がすごくいいところで

芝生に寝転がったり

子どもと池で遊んだり

すごくすてきな空間だった。

 

さらには

地球にやさしい

からだにやさしい

もの、食べ物がたくさん出店してて。

 

ニセコで自然と共生する生活の中で

わたしがふと、いいなって思ったのが

安心してせっけんを使えるってこと。

 

前に『ここのわ』さんで買ったせっけんは

植物性のものでできていて、

頭も顔もからだも全身洗えるし、

そのまま川に流しても大丈夫なせっけん。

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川の水を使って水道やお風呂が

使えてることを思うと、川に対して

『水を使わせてくれてありがとう』

って思う。

だからこそ、もし自分が川へ流すものが

自然に害なものがあったら

すごくすごく、罪悪感が出てくる。

 

自然は無条件に、見返りもなく、

こんなにもわたしたち人間に

ギフトをくれているのに、、って。

 

でも『ここのわ』さんのせっけんがあって

それを自分のからだにも、自然にも、

安心して使えるということが

すごくすごく、いいなあって思った。

 

だから今回の八雲キャンドルナイト

またここのわさんに会えるのを楽しみにしてたら、願い通り会えて、たくさん話せた。

 

そして今度せっけんの作り方を

教えてもらえることになった!!

 

自分のこころがいいな

と思うものを自分の手で作れるって

きっと、

ものすっっごく幸せなことなんだろうなって。

 

この八雲キャンドルナイトには

そんな人たちがたくさん集まっていて。

 

何かをつくるにしても

何かを表現するにしても

何かを伝えるにしても

 

きっとその人たちは

自分のこころがいいなと思うものを

作ったり、表現したり、伝えたりしてる。

 

そこに、こころに、

嘘偽りがない。

 

だからあんなにも、すてきに見えるんだ。

 

こころに嘘をつかないこと

誤魔化しをしないこと。

 

利益とかノルマとか会社のためとか

そういったもの全部とっぱらって

シンプルに【自分の心がいいと思うもの】

そこだけ。

 

こころがいいなと思うものを

信じ切ってる姿、

自分の真ん中を生きる姿、

すごく魅力的だと思った。

人としての純度の高さを肌で感じる。

 

そしてそう生きてる人が発してる

オーラのような、雰囲気のような、

目には見えない何か、があるなあって

いつも思う。

 

こんな風に生きたいなあって。

そういう理想像がいま、自分の中にはっきりとある。

 

だからこそ、

わたしも

心の声を流すことなく

曇りなき目で

いいなと思うものを大事に生きていきたい。

 

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わくわく のままに

 空き家になっている古民家。

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大家さんの「人の流れをつくりたい」

という意向に協力させてもらえることに。

 

そもそも

サードプレイスに興味を持ち始めてた

いまこのタイミングで、

この環境があって、このチャンスが巡り回ってきたことは本当にラッキーだなと思う。

 

家でも職場でもない第3の居場所

家でも学校でもない第3の居場所

 

そんな場所がもっと日本に増えたらいいなあって思ってた。

 

なにかに行き詰まったとき、

ふと誰かと話したいなあってとき、

ふと誰かとご飯食べたいなあってとき、

 

ふら〜っと気楽に

なんのハードルもなく

足を運べる場所。

 

そこに住む学生、住民、子どもが

一緒に何かをするような

地域に根をはる要素と

民泊とかをして

流動的な人の流れがある要素と

 

両方を兼ね合わせたら面白そうだなあって思う。

 

本当にすてきな古民家で

いまのところなんでもできる!って思ってる。

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坂爪さんやってるようなごちゃまぜの家 【https://camp-fire.jp/projects/view/26181】とか、持ち寄りごはんとか、地域食堂とか、学生でなんかおもしろいことやる場にしたり、投げ銭ライブとか、ホラー映画鑑賞会とか、中庭にテント張ってキャンプとか、ポットラックパーティーとか、1日カフェとか、民泊とか、シェアハウスとか、畑作っちゃうとか、おばけ屋敷とか、ヨガ合宿とか、キャンドルナイトとか、もうなんでもやれるとおもう!笑

人と人が出会うこと

人と人が笑顔になること

人と人があったかい空間を作り出すこと

そんな場に立ちあえることはわたしにとっての喜び。

 

あと、

函館の大学は道外出身者が多い。

実家暮らしではなく一人暮らしの学生が圧倒的に多い。そんな中で、家庭の味が恋しいとか、誰かと食卓を囲みたいだとか、料理できるようになりたいだとか、そういうことを望んでいる学生は多いんじゃないかなと思う。

 

反対に地域のおばあちゃんたちは

核家族化が進んでたり

旦那さんに先立たれていたりで

持っている料理の腕を振舞うことなく

簡素に食事を済ませてしまっている人が

多いんじゃないかなと(勝手に)思ってる。

(私のおばあちゃんがまさにそうだから)

 

そんな2つのよくある状況を

うまく、あたたかかく、かけあわせれたら

おもしろいなあって。

 

そんな思いを込めての地域食堂。

 

ほかにも「やってみたら面白そう!」ってものはたくさんある。

 

まだどこまで自由にやらせてもらえるかはわからないけど、とりあえず来週、古民家を大掃除をして、DIYして補修工事とかをしていって、少しずつでも進めていけたらいいなあ!

 

自分の中にポンポン出てくる

「おもしろそう!!」ってもの。

それに向かえてるとき、

わたしの心は踊っている。

 

この心踊る感覚を大切に

人生の舵取りをしていきたい。

 

「今」を「自分」を、生きる。

 

7/6で、22歳になった。

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(↑マクロビのお誕生日ケーキ)

と同時に、自給自足の世界に

ちょびっとだけ足を踏み入れた。

 

 

ピースボートにのり、

南半球をまわってきて、

世界の光と影を知り、

自分たちの生活が

一体どんなところから来ていて

そこにいる人はどんな人生を送っていて

どんな思いをしているのか。

 

それは一部かもしれない。

 

それでも確かに

「何か」や「誰か」の犠牲の上に

成り立っているシステムが存在する。

 

それらにできる限り加担せずに

生きていきたいと思うようになった。

 

自分にとっての心豊かな暮らしを

自分の手で作り出せる人間になりたいと思った。

 

ずっと熱を持って自分の中にあり続けてた

「国際協力」という言葉の意味が

がらっと方向転換し、新しい意味となり

いま、自分の中にある。

 

 

自分の食べるものは自分で自給。

自分の身に付けるものは自分でつくる。

自分の住む家は自分で建てる。

そして、電気ガス水道ないところで

川の水をいただき

太陽の光をいただき

森の木々をいただき

自然と共生しながら

自然に気を遣いながら

自然から恩恵をもらいながら。

そんな暮らしをしている夫婦と子供3人が

北海道のニセコの森の中で生活している。

(リンク→ 天真らんまんな自給自足の生活。  )

 

そこの生活に実際にはいって

今まで頭にはあったことが

リアルな実感になったり、

確かな体験になったり、

そこで自分の肌で感じて、体で感じて

初めて見えてくるものがたくさんあった。

 

自然のすばらしさ

自然からのたくさんのギフト

それをこんなにも実感を持って

感じれたことが大きかった。

自然の雄大さ、たくましさに感動しかなかった。

 

いまの日本での一般的な生活水準と

比べたら、インフラ面で時には「不便」と感じることもあるかもしれない。

でもそんなときにものすごく生きてきたのが

これまでの私の途上国での経験。

 

フィリピンの山奥でホームステイしたときや

カンボジアの村でホームステイしたときと

同じ感覚になっていた。

 

「生きてる!」って実感だとか

おいしいごはんを食べられること

体を伸ばして眠りにつけること

自然の力に癒されること

 

そんな当たり前のようなことに

めいっぱいの幸せを感じる。

 

自然は何にも逆らわずに

ただそのままに在る。

その姿に惹かれる。こころが救われる。

 

コンクリートを押し割ってでも

生えて来ようとする生命力、

人や車に何度踏まれてもまた

立ち上がろうとするたくましさ。

 

本来、人間は自然とともに

循環の中で生きていける生き物。

 

むしろその方が調和がとれている。

 

いまの社会システムは

経済を優先しすぎていて、

人間に本来必要な自然がどんどん

人工物に変えられていっている。

 

途上国などで、自然の中で、

そういう暮らしをする度に

ずっと考えてきた「幸せ」とは?

 

なんでもモノが揃ってるこの日本。

綺麗な水も、つけ放題の電気も、いつでも使えるガスがあって、モノもありふれていて

どうしてこんなにも多くの日本人は

何かへの不足感を感じ、満たされることのない欲求を持ち、孤立感を感じ、自殺者が多いのか。

 

不便=不幸せ 

ではないということ。

(便利=幸せでもない)

 

むしろ

不便さが生んでくれる

人との繋がり、あたたかい交わし合い

がある。

  

ニセコの森の中に生きる夫婦と子供たちは

ほんとうに暖かかい繋がりがあって

愛を感じる家族で、助け合って

たのしく幸せそうに生きていた。

 

こんな幸せな家庭を築けたらいいなあと思うとともに、自分の「内側」とも向き合ういいきっかけになった。

 

 

わたしは思考に囚われてる。

心の声をしっかり見極めたい。

自分の人生の舵取りをして行く際に

自分の外側にある要因や

今ではない視点にたってでてくるものが

ものすごく多い。

「他人」「過去」「未来」を生きるんじゃなく

「いま」、「自分」を生きるんだ。

 

親がどうだとか

出会った先生がどうだとか

昔どうだったからとか

これからこうかもしれないからだとか

そういうもの、ぜーーーーんぶとっぱらったときに、わたしのなかに在るもの。

 

こころが踊る瞬間

たましいが喜ぶ瞬間

 

その一瞬一瞬を、

大事に大事にしていきたい。

 

もちろん、何かを手放すことは怖い。

失うかもしれない恐怖や

後悔するかもしれない未来や。

それでも自分の心の声、今ココ、

何を感じてる?どうしたい?

それを思考の波に飲み込まれることなく

行動に移していこう。

 

「こう生きていきたい」という

イメージがリアルな現実で体験できたこと、

 

私のこころが「すてきだ」と思う人に

たくさん出会えたこと、

 

思考と『心』、

他人と『自分』、

過去、未来と『今』、

それらを混合してた自分に気付けたこと、

 

たくさんの意味で、

『ああ、これからだな、自分の真ん中を生きる人生は』と感じた。

 

ピースボートの出港曲で選ばれた

ブルーノの「today my life begins 」

「今日、これから、わたしの人生始まるんだ!!!」って感覚を大切に生きていこう。

もっといえば、その感覚を、1日1日、

毎日感じれるような人生を生きたい。

 

*大学を辞めるかどうか

*自分は「教育」なのかどうか

 

この2つをまずは見極めよう。

外側に答えはない。

外側に何かを求めても意味はない。

答えは自分の内側にある。 

 

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大切な人からのことば。

 

 

22歳。

自分の心の思うままに。

真ん中を。

 

 

 

 

 

『家族』 への革命

家族。

その言葉を聞いて人それぞれ

思い浮かべるもの

胸に生まれる感情

持つイメージ

は違うと思う。きっと人の数だけある。

 

いま、わたしの中での『家族』

というものが大きく大きく

変わろうとしているところにいる。

 

もうすでに大きく変わっているものもある。

 

めっちゃ簡潔に説明するならば

わたしが2歳の時にDVなどが

理由で両親は離婚。

3個上のお兄ちゃんは父の方へ

わたしはお母さんの方へ。

単刀直入に言えば〈希薄〉な家族関係だった。

絆も信頼関係も愛もない〈表面上〉の家族だなと自分で思う時もあった。

 

そして自分が抱える様々な問題が

この家庭環境からきているのではと

感じることも多くあった。

 

 

 わたしの尊敬している
坂爪圭吾さんの言葉に

 

『家族の問題がクリアされると、人生はボーナスタイムに突入する』

というものがある。

 

わたしはまさにボーナスタイムの

すぐそばまで来ている気がしている。

 

 

親子で一緒にごはんをつくって

同じ食卓でごはんを食べること

「おいしいね」って言い合えること

 

そんな当たり前のような

家族団らんがどれだけ

あたたかくて、幸せなことか。

 

涙を見せ合える

感情を共有できるということが

どれだけ幸せなことか。

 

親が自分にしてくれる行動から

愛を感じれるということが

どれだけ幸せなことか。

 

『家族』のつながり、絆、あたたかさを

実感して、嬉しくて嬉しくて涙が出ることが

どれだけ幸せなことか。

 

きっとみんな、ずっと、わからなかった。

お母さんも、わたしも、お兄ちゃんも。

 

でも、この前の新潟帰省で

みんな、わかった。

親子3人そろって、共に時間を過ごして

感じた。あたたかい、しあわせを。

 

あれは、「必要な過去だったんだ」と

心から思えた。

 

そして、登場していない父ですが、

離婚後もわたしとお父さんは

2人で月に1度ごはんに行ったり

関係は幼い頃からずっと続いていた。

お父さんは昔からすごくわたしを

かわいがってくれていた。

 

そんなとき、1年前に【ある出来事】があってわたしはお父さんと縁を切った。

 

あの日ほど、自分の中で

悲しみ、憎しみ、辛さ、苦しみ、怒り  などの

マイナスの感情が溢れかえって、

涙を流した日はない。

 

そんなことがあり縁を切っていたお父さんに

今日、わたしは手紙を書いた。

それはもうすぐでわたしの誕生日だから。

 

『誕生日は周りにお祝いされる日ではなく

生んでくれた親に感謝をする日』

 

この言葉をどこかで見て心に残っていた。

 

だから、【ある出来事】が起きて

わたしが

何を思い、何を感じ、何を考え、何に気付き

この1年を過ごしてきたのか、

そして、いま、わたしが何を思っているのか。

自分の中でどんな変化が起きたのか。

(変化に関してはソーヤ海さんとの1対1のヒーリングがでかかった)

 

自分の心に寄り添い

お父さんの心にも寄り添えるようになった今、伝えるならこのタイミングだなと思った。

 

その手紙を見て、父親が何を思うかは

わたしにはわからない。

これを機に、わたしと父親との関係も

新しく爽快な風が吹いて、

またもうひとつ、革命が増えるといいなあ。

 

まずはわたしから。

それから

父親 --- お兄ちゃん。

最終的にはいつか

父親 --- 母親  の間でも革命が起きたらおもしろい。

 

そんな革命、今はまだ想像もつかないけれど。

 

きっと、

想像がつかないことがたくさんある人生っておもしろい。

 

想定「内」から「外」にいくには

ちょっとの勇気を出して

でっかい恐怖に飛び込むこと。

ただそれだけ。

そうしたらきっとたくさんの革命を起こせる。

 

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結婚式。感じたこと。

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いとこの結婚式が地元の新潟であって

久しぶりにいとこ家族みーーーんな

日本各地から大集合した。

 

今回初めて、結婚式を目の前にして

わたしは2つのことを思った。

 

1つは結婚式って

すごくひとがしあわせな気持ちになる場だということ。

子どもは親に今までの感謝を感じ、

親は子どもが新たな人生歩んでいくことに

感動して、溢れてくるものがあって。

周りの仲間たちも、結婚する2人も

みーーーんなみんなしあわせな気持ちになる。

 

それぞれの家族の間にも

新郎新婦の間にも

愛をこんなにも感じる。

 

そんな結婚式ってすごいな〜

すてきだなあ〜って思った。

 

 

そして、もう1つは

形式ばったカチカチな感じに

すごくわたしの心が窮屈さを感じたということ。

型にはめようとすることで、

その型にはまるひとはいいけれど

型にはまらないことや、

はめることで「異」が生まれること、

があると思う。

自分がもしいつかこのような場を

つくるとしたら、もっとゆるや〜かで

たのしーくやりたいな〜と。

 

もうピクニックのようなフェスのような気分でみんなが来れるような、服装も自由で、ダンスも歌も遊びも芸もあるような、それでいてみんなマイカップ・マイ箸持参しちゃうような、てかなんならみんなで持ち寄りごはんみたいな、地球への優しさもあったりして。笑

 

格式ばった感じは一切抜きにして

みんなで食べて飲んで歌って騒ごう!

それでいて感動的な映像も作ったりして

みんな泣いて笑って楽しもう!

みたいな結婚式あったらめちゃ面白そうやん!

って思う。それを山の中とか、川のそばとか、自然のあるところでやれたら最高。笑

 

 

従来のスタイルにこだわらず

囚われることもなく

どんどん新しいカタチを生み出していくこと

きっとその方がわたしの心はワクワクするんだな〜。

 

ということで

ほんとうに愛の溢れるしあわせな時間を過ごせた。結婚おめでとう🎊いとこに感謝。2人ともお幸せに^^ 

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いい新潟帰省だった。

地球一周ふりかえり①中国🇨🇳〜フリーハグ〜

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去年の12月からピースボート

南半球一周の旅をしていて

印象的だった国からぼちぼちふり返っていこうと思う。

 

まず1つ目の国が中国。

中国はこの時が2度目だったので

もうすでに観光はしていて、

今回はどうしようか、と思っていたときに

1年前にYouTubeフリーハグの存在を知り、

小さくとも確かな平和を生む

その勇気ある行動に涙を流して感動し、

「いつか自分もやってみたい!!」

と強く思った自分を思い出した。

 

そして、やろうと決めた。

そうしたら船の仲間が

私たちも一緒にやりたいと言ってくれ

みんなで浴衣を着てフリーハグをして

中国の町中を歩き回った。

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結果、

さいこうすぎた。

ほんとうに人間としての喜びを

体いっぱいに実感しまくった。

 

人間が人間と抱きしめ合うこと。

お互いに笑顔になること。

感謝を伝え合うこと。

その光景を見る、通りすがりの人まで

笑顔になること。

 

なんてすてきなことだろうって。

 

ちっぽけでも、

確実にいま、

自分の手で、目の前に

「平和」な空間をつくれていると

そのことを実感を持って確信できることが

なによりしあわせだった。

 

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国同士では対立があるかもしれない。

政治ではぶつかってるかもしれない。

 

でも、

地球は1つしかなくて

そこに生きる人間はみんな同じ人間で。

ただ少し肌の色が違ったり、

話す言葉が違ったり、

好きな食べ物が違ったり、

たったそれだけのことなんだ。

 

言葉がわからなくたって

人間として『心を通わせ合う力』を

私たちは生まれながらにみんな持ってる。

 

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そんな、

当たり前のようで

大切なことを、

ひとのあたたかい温度とともに

ひとのあたたかい笑顔とともに

身をもって知れた最幸の思い出になった。

 

この中国でのフリーハグ

Travelersboat としてTABIPPOでも

記事を書かせてもらいました。

もしよければ見てみてください↓

http://tabippo.net/peaceboat-freehug/

 

 

 

自分の中を見つめるということ。

 

生まれてから死ぬまで

一生付き合っていく、唯一の人間が

この「自分」という存在。

 

だからまずは自分自身と

しっかりコミュニケーションをとること。

自分で自分をゴキゲンにできること。

他人に幸せにしてもらったり

他人に不幸にされたりせずに

自分で自分の中に

しあわせと感じる心を養うこと。

 

わたしは最近この自分が

頭(思考)からくるものと

心(感情)にあるものと

やっと見分けがつくようになってきた。

 

心は本当はそんなこと望んでないのに

思考がおかしな方向へいき

ひねくれスイッチが入って

わざと絶望や孤独に自分を引き込んだり

大切な人を傷つけて自ら失おうとしたり

自分の価値をないがしろにしたりする。

 

結局その思考の根源にあるのは

何かに対しての「恐れ」。

 

人間のとる行動は2つに分かれていて

ひとつは「恐れ」からくるもの

もうひとつは「愛」からくるもの

 

わたしは怖がっているものがたくさんある。

それがいまの自分。

それをまずは素直に受け入れよう。

そんな自分を抱きしめよう。

 

そして愛に動かされよう。

まずは愛という存在に気づくこと。

いまの自分はその存在に気付いてはいる。

だから次はその存在の中に生きるということ。

そこから。少しずつ。一歩ずつ。

 

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''愛の中に生まれ

愛によって生まれ

愛のために生まれる。”