mayu’s diary

感じたままを、ありのままに、正直に。

愛と罪悪感。お金を受け取るブロック。

いろーーーーーーーーーーーーーーいろあって

今は、直と一緒にいる。

 

高知の土佐清水の宿を目指して

車で走ってる。

 

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書きたいのは2つ。

 

 

1つ目は、

 

人を愛するってこと。

 

2つ目は、

 

お金を受け取るってことのブロックを解くこと。

 

 

 

 

まず1つめ。

 

 

わたしは、

 

自分の蓋してる心の傷に

目を向けずに

なかったことにして

生きることができちゃう。

できちゃってた。

 

今回の豊島の件でそこが、変わったけど。

そこをブログに書き途中なまま、今これを書いてる。笑

 

 

 

 

だから、

直の心の傷を

なかなか直視することが

難しいというか、

抵抗感がある人だった。

 

 

 

自分が

自分の中で、

なかったことにしてて

目を逸らしてるものを、

 

他人のは受け入れれる

ってことないんだろうな。

 

 

自分の中を、

目をそらさずに

受け入れて

抱きしめることで初めて

 

他人のそれにも、

他人の傷にも

 

目を向けて、

寄り添うことができる。

 

 

 

だから、

 

わたしはいつも、

 

直を傷つけることで

 

直に生まれる痛みや傷を

 

自分の中で0にすることができてた。

 

 

というか、

 

【0にしないと愛することができなかった】

 

 

 

わたしにとって、

0にすることが、

愛するための

「すべ」だった。

 

 

それはなぜかというと、

 

 

 

自分のしたこと、

それによる相手の傷

相手の傷を思うことで痛むわたしの胸

 

 

その痛みの感覚と【罪悪感】ってのを

セットにしてたから。

 

 

 

『こんなことしておいて、優しくなんてできない』

『こんなに傷つけておいて、愛する資格なんてない』

『あんなに傷つけておいて、何今さら優しくしようとしてんの?』

『おまえなにしてんの?』

 

 

そういう声が、

0を抱えたままでいると

わたしに向かって言ってくる。

 

 

 

だから、

 

傷つけたことも

それによって直が痛いことも

直が痛いことが、

わたしの胸をも痛くすることを

 

 

それを、

 

ないことにして、

 

優しくしてた。

思いやってた。

愛してた。

 

 

 

 

 

でもそれは、

 

本物の愛ではなかった。

 

 

 

都合よく、

愛してるだけ。

 

 

 

何かをないことにして

100に振り切れて

 

この世は愛だー

愛してるー

 

って言ったって、

 

それは軽いよね。

「ほんもの」じゃない。

 

 

 

 

 

 

『どんなに傷つけたって、愛したいなら愛していいんだよ』

 

直が何度もわたしに、そう言ってくれてた。

 

 

でも、

「そんなわけない」

ってどこか、思う子が、わたしの奥にはいた

 

 

 

 

 

そしてね、

 

 

面白い発見があって、

 

 

それってまんま

 

わたしのお母さんにも当てはまる。

 

 

 

お母さんは、

 

自分が離婚したこと

そこから男の人とのお付き合いとか水商売とか若かったこととか、いろーーんなもろもろで、

『茉優とどう接したらいいかわからなかった』

って、前に打ち明けてくれて、

 

 

それって、

【愛したいけど、どう愛したらいいかわからない】

 

そしてその根っこには

 

【母親として失格だ】

【母親らしくできてない】

っていう、

 

《罪悪感》

 

 

が、あるからだったんだよね。

 

 

 

 

お母さんは、

わたしのおばあちゃん(お母さんの母)に

はっきりと言われてる。

 

 

 

小さかったわたしを家に置いて

夜遅くに男の人と家に帰ってきたお母さんに向かって、

 

 

「あんた茉優が泣いたらどうすんの!?あんたなんて母親失格です!茉優はわたしが育てます。」

 

 

って言ったんだよね。

 

 

その言葉が、

 

わたしのお母さんの胸に

 

どれだけ突き刺さったか、

 

 

想像に容易い。

 

 

 

もう思い込んじゃうよね。

 

 

母親失格なんだ。

母親失格なんだから、茉優を愛する資格なんてないんだ。

わたしよりおばあちゃんが育てた方が茉優は幸せになる

 

 

 

てな感じに。

 

 

 

わたしも、

それを、お母さんから感じてた。

 

 

 

今だから、

【罪悪感】がそうさせてたって

わかるけど、

 

そのときのわたしは、

わからなかった。

 

 

どうして!?

わたしのこと興味ないの!?

わたしのこと愛してないの!?

どうしてそんなにどうでもいい風にするの?!

 

って。

 

 

 

 

そしてわたしは、

 

 

【お母さんから愛されてこなかった】

 

って思い込みを

つくってったんだよね。

 

 

 

それは見事に、ぶち壊れたけどね。

 

それ関連のブログ。

ひとつめ

さようなら。被害者ぶってたわたし。許せなかったわたし。 - mayu’s diary

 

ふたつめ

涙を流し合って、握った手と手。 - mayu’s diary

 

 

 

 

そして

面白いのは、

 

罪悪感によって、

自分の中の愛を制限してたお母さんのその気質に触れ続けたわたしは、

 

全く同じ気質を、

今持っているということ。

 

 

親子って設定をして生まれてること

実に深い。

 

 

 

直とのやりとりで、

 

少しずつ、

 

胸の痛みを罪悪感とセットにしなくてもいいということ。

 

 

傷つけもするけれど、

愛したいように愛するわたしを「許す」こと。

 

 

それが

すこーーーーしずつ、

できるようになってる。

 

 

今はそこと向き合ってる。

 

そして

卵が先か

鶏が先かみたいな話だけど、

 

 

わたしのお母さんは、

少しずつ制限をはずして

お母さんの中にある愛を

わたしにあふれださせてくれるようになってる。

 

 

 

お母さんの制限が外れてきてるから

わたしの中での直に対する制限が外れてきてるのか、

 

わたしの中での制限が外れてきたから

お母さんの制限も外れてきてるのか。

 

 

 

現実っておもしろい。

 

 

 

だから今はトライ中。向き合い中。

 

 

自分の中の0を胸に抱えたまま

胸の痛みを感じたまま、

 

触れたいように触れること

愛したいように愛すること。

 

 

 

それを、やり始めている。

 

 

そしたらおもしろくてね、

 

 

ずっと自分が持ち続けてきた観念、エゴたちからの一切猛反発、猛抵抗のように、

体は重くなるわ

首肩背中は重くて痛いわ、

どこか緊張して体を硬ばらさせるわ、

手汗は出るわ。

 

でも、

子宮はあったかかった。

 

 

本質とズレてるときだかに

ズキン

痛む子宮が、

 

確かに温かかった。

 

 

あーわたしは今この

観念の罠から

エゴの罠から

解放されるときなのだなあと。

 

 

 

 

 

初めて

 

自分の中にあり続けてる傷や痛みに

目を向けて

胸が痛いまま

胸が苦しいまま

 

直と時間を過ごし

目の前の自然に心を動かし

楽しむことができてる。

 

あ、でも疲れすぎて

楽しめてない瞬間もあるけど。

 

 

 

でも、すべてが、

意味のある

貴重な時間だ。

 

 

直もご満悦の様子だ。

 

 

ありがとう、こんな大切なことに、

気付かせてくれて。

 

ありがとう、わたしがほっぽり出した関係を、大事にしてくれて、持ち直そうと全力を尽くしてくれて。

 

 

 

 

 

2つ目は、

 

さっきの話に関連して

 

 

お母さんが、

わたしへの愛を

制限かけることなく

解き放つことができている今。

 

 

 

あれだけ、わたしが大学を辞めるときに

 

 

何が何でも

定職につかなくったって

絶対に、

奨学金はあなたが自力で返していくんだからね!!?

 

 

って、何度も何度も念を押された。

 

 

わたしは、

奨学金返済を自力で返していくことを

お母さんと約束して、大学を辞めた。

 

 

 

はずなのに!!

 

 

いま、やたらとお金の心配をしてくれるんだよね。

 

 

 

奨学金の返済始まるけど大丈夫なの?」

 

ってこの前はラインしてきてくれて

 

 

 

直と喧嘩別れして1人で広島に向かってることを連絡したら

 

「大丈夫なの?交通費はある?足りる?」

 

 

って聞いてくれて。

 

 

 

え、それ、どちらも、

 

「大丈夫じゃない、助けてほしい」

 

ってもしわたしが言ったら

 

お母さんなんていうんだろう、、、?

 

 

って思いながら、

それは何だか怖くて言えなくて、聞けなくて

 

 

だから、

どちらの心配にも、

 

 

「大丈夫だよ!心配ありがとう。」

 

と答えた。

 

 

 

でも!

直とやりとりしてて気づいた。

 

 

 

わたしは、

 

 

前にそうに約束したし。。

自分で返すって言い切ったし。。

 

みたいな、過去に囚われてるってこと。

 

 

 

そしてお母さんが

差し出してくれてる

差し出したくてたまらない愛を

 

 

【受け取らない】って選択をしてるってこと。

 

 

 

お母さんとしても、

あれだけ自分で返しなさいよって

言ってた手前、

自分から渡すだなんて、助けるなんて

しにくいんだろうって。

 

 

たしかに、

 

わたしが素直に、

 

助けてほしいって

 

言えたなら、

 

お母さんは、わたしを助けれることを

嬉しく思うのかもしれない!

 

って思って。

 

 

そしたら、

わたしは助けてもらえて有り難くて

お母さんも差し出したい手を受け取ってもらえて嬉しくて、

 

お互いにうれしいはっぴーって、

 

なんてすてきなんだ!!!!

 

 

って思ったの。

 

 

でもそれって、

 

わたしがずーーーーっと、夢みてた

ずーーーーっと、思い描いてた

ずーーーっと、その中に入りたいと言ってきた

 

 

『循環』

 

 

 

そのものだったんだよね。

 

 

 

与える人は与えたくて与える。

受け取る人は受け取りたくて受け取る。

 

どちらもはっぴー。

 

そしてその輪はぐるぐると循環する。

 

 

 

わたし、あれだけ散々言ってて、

 

いっちばーーーーん近い存在の人からの

 

 

「受け取る」に、ブロックかけてたんだ、、!!

 

 

って気がついた。

 

 

 

ここを解かない限りは

ブロックを外さない限りは

 

 

入ってくるもんも、入ってこない。

 

 

 

そこが、

今後、わたしが生きてく上でちょーーーーー大事なところだなって思うんだよね。

 

 

 

 

 

だから近いうちに、

勇気を出して、

お母さんに、伝えてみようと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新しいステージに、入ったなと感じる今。

 

 

 

わたしたちの、

ぜーーーーんぶの、すったもんだが、

これに繋げてくれた。ぜーーんぶ必要だった。

 

 

 

ありがとう。

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さようなら。

 

『目の前から消えろ。』

 

 

そう言われ、

消えると選んだ。

もう、

この人とは一緒にいないと

選んだ。

 

 

 

 

自分の中の

心の声が

ないがしろにされて

だから

デストロイヤー出てきて

暴力的な運転して、

それはぜーんぶ、

茉優のせいだと。

 

 

わたしのせいらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直の思い通りなんかに

動いてたまるか

都合に振り回されてたまるか

 

 

怖い中寒い中、4時間も歩いてたまるか

 

 

早く会いたいのに。

 

 

 

お互いに待ってる。

 

直は壇山で茉優を待ち、

茉優はシェアで直を待つ。

 

 

なんなんだこれは一体。

 

どうして、

お互いに一緒にいたいという思いのまま

一緒にいれない?

 

 

ずっとそう思って朝が来た。

 

 

でも、そう思い続けてる限り

なにをしてもつまらないし

なにを食べても満足しない

 

 

だから、

行こう。

 

 

そう決めて、

 

あっためてって言ってたから

きっと何か温かいものが欲しいだろうなあ

って思って、

 

 

なにが欲しいか聞き、

味噌汁とのリクエスト。

 

 

味噌汁つくって

おにぎり握って

厚揚げのやつやいて、

準備を整えて、

今日出るシェアの掃除もして

荷物も全部まとめて、

朝、家を出た。

 

 

 

 

すると、道中、

お味噌汁をポットの中に入れなかった

ことに気がついて、

なぜかタッパに入れたわたしは

着く頃には、

温かいうちに直に届けれないと気がついて

意気消沈。

足取りが重くなった。

 

 

でもなんとか

50分かけてやっと壇山の登山口までついた。

 

 

早く会いたいし

直の体があったまるよう

少しでもあったかいうちに

作った味噌汁飲んで欲しいし、

 

下まで迎えにきてくれないかなと思って、

 

「迎えに来ないのは、負けた気がするから?」

 

と聞いた。

 

「や、違うよ。」と直。

 

 

「じゃあどうして?」

 

 

そう聞いても、

答えがなかった。

 

返事してくれなかった。

 

 

 

 

 

そしたら、

先日壇山の頂上まで乗せてくれて

みかんも吊るし柿もくれた

おばちゃんが、なんと目の前に!!!!!

 

 

 

奇跡だ!!

神様が、直のところまで運んでくれるんだ!

 

って喜んだ。

 

少しでも早く会える。

少しでもあったかいうちに味噌汁を届けられる。

 

 

そう、うきうきしてた。

 

 

 

でも、直の態度は豹変した。

 

 

 

帰ると言い出して

味噌汁もいらないと言い出して

直がいると言った場所に行っても

直はいなかった。

 

 

 

 

わたしが、

わたしらしく在ること。

ひとの力を借りて、生きること。

 

 

それが気にくわないみたい。

それは、直のニーズとマッチしないみたい。

 

 

[直に対する茉優の思い]を

かたちで知ろうとする。

かたちで計ろうとする。

かたちで判断しようとする。

 

 

 

わたしには、

ひとの差し出してくれる手をとって、

ひとの助けを借りて

直に会いに行くということが、

 

 

なぜ、

直の思いをくんでないだとか

茉優のきもちが見られないだとか

直のニーズではなくなって

直が全然嬉しくなくなるのか、

 

今も理解ができない。

 

 

 

『やったね!奇跡だね!

これで早く会えるね!』

 

ってわたしならなる。

 

 

でも、

直はわたしではない。

 

わたしも直ではない。

 

 

だから、分かり合えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして、

ただ、一緒にいるだけで、

ただ、そばにいるだけで、

2人の間にある、

目には見えないけれど

確かに存在してるもの

を、

信じれないのだろう。

それだけでは満足ができないのだろう。

 

 

心の声がないがしろにされて、

暴力的になるのが、

『わたしのせい』と、言われるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宇野港で、

ばらばらに

解散すると、言われた。

 

 

初めは、

茉優が宇野で解散したそうに見える

 

と言われた。

 

でもわたしは、解散したいだなんて思ってなかった。どことなく、たこ焼きを買ってくれてシェアに迎えきてくれたのがうれしくて、そこで高知に行くんだとおばちゃんにしゃべってて、ああ、直の中ではまだ茉優と一緒に帰るって思いが残ってるんだって思って嬉しかった。

だから、解散する気なんて、あるわけなかった。

 

 

でも、

直は、

何かが納得いってないと言っていた。

 

なにがと聞いても

全部  とか

さあ  とか

わからない  とか。

 

 

 

 

だから、

直が解散したいってことでしょってなった。

 

 

 

 

 

 

宇野港に到着し、

直は颯爽と、

ひとり、車を走らせた。

 

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道路を歩きながら

バスに乗りながら、

 

「直がいたらな」

 

なんて何度も思ってしまうけど、

消えろと言われたのだから仕方がない。

いい表情をして、

なにも後ろを振り返ることなく

車を走らせた直がいるのだから、

仕方がない。

 

 

 

 

と、いうわけで、

わたしは、また、フリーの身になりました。

 

 

 

どこへ転がって行くのかなあ〜〜。

 

 

 

 

わたしのいる豊島に来るために

12時間ひとりで、車を走らせ、

 

また、

豊島から群馬への帰り道、

ひとり、車を走らせる。

 

 

ある意味、すごい選択だよね。

 

 

 

でも、

苦しいのは茉優のせいと言われ

離れてた方が楽と言われ

そう、直が決めたことなのだから、

どうしようもない。

 

 

 

わたしは、わたしで、生きていこう。

 

 

 

次いつ会うのかもわからないし

会えるのかもわからないけど、

 

 

ありがとう。

今まで。

お元気で。

 

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好きとか愛とかセックスとかまぐあいとか。

でっかいでっかい出来事だった。

 

 

直が、

わたしでない人と

まぐあうことを、

許して

認めて

覚悟して

送り出した。

 

 

その2日後に、

 

まさかこんな出来事が降ってくるとは

夢にも思っていなかった。

 

 

 

ただ、今思えば、必然。

 

 

すべての過程が必要だった。

 

 

わたしは、

嫉妬や苦しみ、辛さ、悲しさ、残酷さ

すべてすべて、

気を抜けば泣いちゃいそうな

心の奥底で叫んでる声を

みーーんな聞いてあげて抱きしめてあげて、

そんなことできたら、

私なにが起きても最強じゃん!!って思えて

ようやくようやく、

覚悟ができた。

 

 

諦める覚悟。

その先にも2人の道はあるという覚悟。

 

そんな大事な時間を経て、

直を送り出せたことによって、

 

 

初めて、

 

 

自分の感じるままに

選択ができた。

 

 

たいせつな、

失いたくない

人を、関係を、

守るために、

怖さに怯えながら、

いたわたしが、

 

 

 

 

素敵だなあと思うひとを

すてきに感じて

 

どきどきするなぁって思う人に

どきどきして。

 

 

繋がりたいなと思う人と

繋がろうとした。

 

 

 

自分の気持ちに素直にいた。

 

 

 

『わたしはあなたのことが

人として好きです』

 

 

そう、言葉で彼に伝えようとした日があった。

 

 

でもそれは

なんだか勇気が出なくて、

できなかった。

 

 

 

いつも、助けてくれる。

人が避けたがる仕事を自らする。

足りないところに、

必要なところに、

いつもすっと入っていく。

力があって、視野が広くて、手際もよくて、仕事も早い。

 

そして何より、

優しい。

 

分け隔てなく。

 

 

だれかが困っていたり

女性が力がなく困っていたら

とっさに助けに行く。

それが本当に早い。

 

本当に、思いやりのある人。

 

 

そして無邪気。

 

少年のような顔をして笑う。

 

いたずら好き。

 

 

ひっつき虫を、

投げてくっつけあったり、

マジックを見せてくれたり、

 

手元に、いまあるもの、

だけで、

知恵を使って、

楽しい空間にする。

その生み出す力、が、本当にすごいと思った。

 

きっとこの人とは、

何がなくても

物がなくても

娯楽がなくても

ただ、そばにいるだけで、

楽しませてくれる人なんだろうなって。

 

 

 

わたしは彼のそんな人柄に

惹かれていた。

 

 

 

 

 

 

そしてある日、

みんなで景色がきれいなところにいこう

ってなったけど、

それぞれの都合により、

わたしとその人の、2人だけになった。

 

 

 

なんだか、

よそよそしさもありながら、

2人の時間を過ごしていた。

 

 

すごくすごく寒い日だった。

 

 

だんだんと、

なにかが溶けてきて、

 

寒すぎるからおしくらまんじゅうしたりして、わちゃわちゃしてた。

 

彼に、触れれてること、

それがその時のわたしはうれしかった。

 

 

 

わたしがつまづいて、

彼の前胴体に、

よっかかる形になったとき、

 

彼が後ろから

わたしのパーカーのポッケに

手を入れてきた。

 

すごくガグブルして、

寒そうにしていた。

 

 

 

そしたら、

わたしのポッケに

後ろから手を入れたまま、

わたしを持ち上げて、

赤ちゃんの高い高いみたいな

そんなのをしたり、

一回転ぐるーーーーっと

振り回したり、

まるで赤ちゃんのように

わたしの体を運ばれてて、

それがおもしろすぎて

彼の力持ち度に感動して、

2人でげらげらと笑ってた。

 

 

その時間は、

ほんとうにほんとうに、

たのしかった。

 

 

そして、

2人が正面で向かい合ったとき、

わたしたちはハグをした。

 

 

大きい体と

大きい腕と

大きい手に

抱かれた。

 

 

 

なんだか、

不思議な感覚だったなあ。

包まれる安心感と

体から感じる包容力と、

どきどきする感じ。

 

 

そして、

ハグしたまま、

わたしが顔を見上げたとき

彼の顔が近づいてきて

わたしたちはキスをした。

 

 

 

キスって2種類あるとおもう。

 

 

好きだから

どきどきするから、

思いや愛情のあふれるままに、

するキス。

 

 

 

 

もう1つは

深いところで、

一瞬で

一気に

大量のものを

交わし合うキス。

 

 

 

   

 

そのキスは

直とするキスとは別物だった。

 

 

 

 

 

でもそのキスから、

だんだんと性的な感じになりだして、

せっくすしたいと、

言ってきて。

 

 

 

でもわたしは、

断った。

 

 

 

わちゃわちゃが好き。

 

性的なものを挟むことで

わちゃわちゃが全く別物になる。

 

 

性的な触れ合いで

気持ちを伝え合うことはうれしい。

 

 

でも、そうじゃないことになることだって、たくさんある。

 

 

それをわたしは、

これまでたくさん経験してきた。

 

 

そして何より。

 

わたしは直という

かけがえのない愛する存在がいながら、

直以外の人とはできない。

 

 

って。

 

 

 

 

 

 

あとあと、気がついたけど、

そういえばわたしは、

家庭環境のことうんぬんを理由に

これまで、

女として求められること

性的に求められること

それを

女としての魅力、

「わたし」の価値

 

って観念なのか癖を持ち続けてきてて、

 

だから、

 

そうやって、

人と人とのつながり

人と人との仲の良さ

超えて、

 

キスとか性的なやつへと

飛び越えるときに、

 

【わたしは女として価値がある】

 

って思える

そんな安心感や心地よさ、恍惚感

みたいなものを感じてて。

 

 

その感覚が、ヴィパッサナー的にいえば

わたしの持つ渇望になってて。

 

 

好きな人とどきどきする人と

キスができてうれしいって気持ちと

直への罪悪感と

この渇望の感覚との

 

 

混沌とした、狭間にいた感じだった。

 

 

 

 

 

 

 

だから、

キスをされた瞬間に、

断ることができなかった。

怒ることができなかった。

 

 

それが、

そこが、

わたしの弱さであり、愚かさであり、

直への裏切りであると。

そう思った時もあった。

 

 

 

でも、

わたしの持っている癖

わたしの持っている問題

わたしの持っている弱さ

 

 

 

それと、

『直を大事に思っているかどうか』

 

 

ってことはわたしの中では繋がらなくて。

 

 

 

大事じゃないから、断れなかったんじゃない。

わたしの中にそういう問題、弱さがあるから、断れなかった。

 

 

わたしの中にある

直への大事に思う気持ちは

なーーんにも変わってないんだよね。

 

 

 

 

 

まぁ直立場からしたら

 

「大事に思ってたらそんなことできるはずない」

「大事じゃないからそんなことできたんだ」

 

 

ってなるのも、よーーく理解できるよ。

 

 

でも、そうじゃない。

 

 

 

 

大切じゃないからし

ではない。

わたしは直との関係がたいせつ。

 

 

そう、自信を持って言えるからこそ、

それははっきりと、何度も伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、

『ただ、するだけの』せっくす

 

は、

する気がなかった。

 

 

それによる、

潜在的な心の傷や

深い悲しみ、

虚しさを、

惨めさを、

わたしは嫌という程知っているから。

 

 

 

男性としか付き合ってこなかったわたしが

ちんこのあるせっくすしかしたことのなかったわたしが、

 

男でも女でもない直と出会って

ちんこのないせっくすを生まれて初めて経験して、

 

 

そして、

 

 

まぐあい

 

 

というものを知った。

 

 

愛される

 

 

ということを、知った。

 

 

 

 

愛、気持ちと、

性的な触れ合い

が、

合わさることで

 

 

 

こんな境地にいけるのだと、

こんなにも、

莫大なエネルギーが生まれるということを

身をもって知った。

 

 

 

 

だからもう、

まぐあい

じゃないせっくすは

しないと。

わたしはそれを求めてはいないと。

 

 

わかっていたから。

決めていたから。

 

断った。

 

 

 

 

そして、

帰り道。

 

 

『どうしてキスをしようと思ったの?』

 

ってわたしが聞いた。

 

そうしたら、

「あなたが人として好きだから」

と彼の答え。

 

 

えええ!!!

わたしとおんなじだ!!!

わたしも全くおんなじ言葉を

何日か前にあなたに伝えようとしてたんだよ。

 

 

ってなって。

 

 

まさか

わたしが言おうとしてたことと

全くおんなじフレーズ、言葉を

彼の口から聞くだなんて思わなかったから

 

ほんとうに、ほんとうに、びっくりした。

 

 

 

茉優はキュートだと、ビッグスマイルだとも

言っていた。

 

 

その一つ目のシンクロに感動して、

 

次に

 

 

あなたにとってのせっくすってなに?

あなたにとって、せっくすは何の意味がある?

 

 

ってそう聞いた。

 

 

そしたら、

 

せっくすはコミュニケーションだ

 

と。

 

体と体が触れ合うことで、

言葉じゃないものをやりとりしてるんだ

 

 

と、彼の答え。

 

 

 

えええええええ!!!!?

 

と二度目の驚き。二度目のシンクロ。

 

 

わたしも全く同じ風に思ってる。

 

 

せっくすはコミュニケーション。

繋がるための。

繋がる手段。たいせつな、おおきな。

 

 

 

 

わたしは、

この2つのシンクロを前に、

シンクロって、

あなたいい方向ですよ〜

ってサインだから、

 

 

これはなにか、

大きな意味があるに違いない

 

 

どんな結果になるとしても。

意味がわかるのに時間がかかったとしても。

 

 

 

って、確信した。

 

 

 

 

ほんとに、無意識レベルに。

潜在意識レベルに。

なぞの自信をその瞬間のわたしは、持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただのせっくすではなくて、

まぐあいができるような気がした。

 

 

いまここで、

わたしが、

直以外の人とまぐあうこと、

それが絶対に、

2人にとって大きな意味をもたらすに違いないと、

そう確信できた自分がいた。

 

「わたし」にとって

ではなく

「わたしたち」にとって、ね。

 

 

 

直が、

ゆりなさんとまぐあうことを前に

様々な感情を抱きしめ、

直を送り出せたからこそ、

わたし以外のひととまぐあう直を赦せたからこそ

そんな直をまるっと愛せるわたしを、

知ったからこそ。

 

 

 

 

直との関係のことを思えばいろんな恐怖を感じてるはずなのに、

わたしの中はGOサインを出した。

 

 

 

それに対抗する顕在。

さまざまなアタマの声。

 

 

わたしはそれを振り切って、

 

 

 

まぐあいができると信じて、

 

あなたとせっくすがしてみたい

 

 

 

そう伝えた。

 

 

 

 

結果、そのせっくすは、

ただのせっくすに終わった。

 

まぐあいができるかと思ったけど、

まぐあいは、できなかった。

 

 

 

もっと、目を見たかった。

でも目なんて見ない自分がいた。

もっと、触れ合いたかった。

でもそんな触れ合いはなかった。

 

 

時間がなかったという状況や、

場所がなくて車の中だったってこと。

 

いろんな状況があっても、

それが全て。

目の前のことが全て。

 

 

 

〜だったら、できたかも

もっと〜だったら、

 

とか、

 

そういうのはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、

 

強く強く感じたことがあった。

 

 

 

それは、

 

どんなに、

男らしい体でも

【理想】と思っていた人でも

そこにちんこがあっても、

 

 

 

わたしの魂はわくわくしなかった。

直とのまぐあいのときに感じる、

あの、胸いっぱいの喜び、

それは1ミリも生まれなかった。

 

 

 

わたしは、

直じゃなきゃ、まぐあえないんだって。

 

やっぱり、直なんだって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この【理想】

詳しく言うと

 

わたしは、

外国人カップルの、

男性性、女性性と

くっきりと分かれて

そしてぴったりとハマってる、姿

に理想を感じていた。

日本の自給自足的な暮らしをしている夫婦にもそれはよく感じてたけど、

やっぱり外国人の男は人は

基本的にジェントルマン。

そして自然なボディータッチがほんとにすてき。一概には言えないけど、ハグとかキスも日本人より多いし

レディーファースト的な感覚が

日本男性より自然とついてる。

ほんとにほんとに、ただ、

『愛されること』が女の仕事

みたいな、感じに理想を感じてた。

あとはやっぱりせっくすも

日本人と外国人は違う。

なんていうかな、

ぐいぐい、そして優しく

ひっぱってくれる度とか、

いろんなものがスムーズすぎる感じとか、

体も大きくて、

包まれて。

だから、

いつからか、

日本語が話せる外国人と、結婚したら幸せだ!

って、思ってた自分がいつからかいたなあ。

理想の男性性と女性性のマッチした感じなって、せっくすもいい感じで、生まれるこどももハーフでかわいいorかっこよくて、、、

みたいなね。

 

そんなのを、中学からか高校からか、忘れたけど、思う自分がいた。

そしてそれは、いまでも変わらずどこかにずーーーっと、奥深くに、残り続けてた。

 

 

 

 

そして、そんな【理想】を

ぜーーーんぶ詰め込んだ人が

目の前にポンっと現れた

 

って感じだったんだよね。

 

 

 

 

だから、

そんな【理想】のひととも、

まぐあいはできなかったと、

わたしの心は、喜びに満ちなかったと。

満足しなかったと。

 

 

 

大きく何かが崩れてった。

 

 

 

インドのヴィパッサナーセンターでも一度、

 

どんどん女性らしくなってって、

周りにも女と間違えられてった

直に対して、

 

ああ、もう、

わたしの

こんなパートナー像でありたい

っていう願望や、期待は、

手放す時なんだな、と。

 

 

それを持ったまま言う

「愛してる」は、

利己的な愛。

 

 

 

相手に

わたしの、なんの期待も願望も

求めないのが、

真の愛。

 

 

わたしは、

真の愛へと、

変わる時なんだ、と。

 

 

 

 

わたしが握りしめていたものを、

ひとつ、手放した。

 

 

 

それはそれは、

その時の私にとっては

とっても苦しい作業だった。

 

 

 

 

 

それがあってもなお、

まだ、奥底に、わたしの中に

居続けた【理想】

 

 

それが、

最後の最後

 

 

ようやく、さよならしてった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後の最後捨てきれなかったものが捨てれて、

すっきりして、

やっぱり直なんだー!

って、うれしくて、

 

それを教えてくれるためのできごとだったんだなあってなって。

 

 

彼とばいばいしてからのわたしのエネルギーはすごくすごく軽かった。

自分でも、びっくりするほどに。

 

なんの、罪悪感もなかった。

 

 

 

だから、

直に会ってから

群馬に帰ってから

直接、話そう

って思っていた。

 

 

ところが、

直とのラインをしていたら、

直が、

前にわたしと2人でいちゃいちゃしてるときの動画を突然送ってきた。

 

 

そこに写る、自分の姿に、

なんだか、何かが触れて。

 

 

 

 

わたし、なんて、嬉しそうなんだろうって

わたし、なんて、しあわせそうなんだろうって。

 

 

【理想】と思っていた彼との時間の中で、

わたしがこんな表情をした瞬間は、

一度もなかったな、

と。

 

 

 

わたしが直に、自らキスしようとしている姿、

 

その時に開かれてるのは、

 

男性性だったんだということ。

 

 

 

でも、

その時の

るんるんした感じのわたしで、

直に触れようとすると、

いつも直に待ったをかけられた。

 

ほんとにちょっと待って、

一旦ストップと、

ほんとに止められちゃう。

 

 

その送ってきた動画の中にもその姿が映っていた。

 

 

 

あんなにも、

どうして?!

もっと触ってよ!?

もっと与えてよ!?

  

 

って直に言われ続ける中で

【何かがわたしには足りないんだ】

って、いつの間にか刷り込まれてってた。

 

 

 

でも、

わたしは、

なにも足りてないものはない

と。

 

だいじょうぶだったんだ。

と。

 

 

そう思えた。

 

 

 

そんな気付きがあったとき、

この彼とせっくすした話を、

直に言うのは

『今なんだ』とわかった。

そうに感じた。

 

 

だから、

言葉でなく声で、電話で、

覚悟を持って、

直に話そう、と決めた。

 

 

 

その、話すと決めてからが、

エネルギーの振れ幅がえげつなくて、

家に帰ってきたときは

一切の罪悪感がなく、

軽いエネルギーだったのに、

いざ、話すと決めてからは、

 

 

 

自分はなんてことをしたんだ、

なんだかとってもやばいことしちゃったんじゃないか

墓までこの話を持っていくことにしようか

今ならまだ引き返すことができる

これで直との関係が終わったらどうしよう

これを、群馬に帰るまで言わないでいるこの状況は、直との関係に対して不誠実なのではないか

 

などなど、

後悔とか罪悪感とか恐れに

襲われてった。

 

エネルギーが一気に重くなった。

 

 

 

それでももう、

 

決めた。

 

 

 

直に話すと。

 

 

 

 

 

関係を自分から終わらせたことのない私が

彼氏を振ったことのない私が

失う怖さから、逃げるように

避けるように、動いてきた私が

 

 

 

人生で初めて、

 

人生で1番失いたくないものを

 

失う覚悟をもって

 

自ら動いた。

 

 

 

 

それはそれは、ほんとうに、

新しいことだった。

 

 

 

 

結果、

直の心の痛み、胸の苦しみは

果てしなかった。

 

 

わたしは、電話をかけてから、

どれだけの長い時間

言葉を発せれなかっただろう

言い出せなかっただろう

何度言葉を飲み込んだだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

のぶさんとせっくすがしてみたいだとか、

あゆちゃんとキスがしてみたいだとか

あゆちゃんとまぐあって涙を流す姿を見たいだとか

明日死ぬととしたら、

余命が半年だとしたら、

やりたいことは男性とセックスすることだ!

とか、

恋してると言い、すてきだなあと思うと言い、その人の顔をスクショしてたり、

ゆりなさんとまぐあう約束をした

とか、

 

 

たくさんたくさん、

直が【わたし以外との何か】を

いう時が、言ってる時期が、あった。

 

 

 

 

 

でも、わたしは、

 

直がそうなっているときすべて、

 

【直以外とのなにか】を

したいと思った自分はいなかった。

 

直以外のひとに、

恋するわたしはいなかった。

 

 

 

 

直以外なんて、

したいとも思わないし

考えられなくて、

 

だから、

それをしたいと思える直に

それを言葉にして私に言えちゃう直に、

わたし以外のひとに恋してる直に、

 

 

悔しくて、

悲しくて、

どれだけいじけただろう。

どれだけ怒ってただろう。

 

 

でもほんとは、ほんとは、

もっともっと、怒ってたんだ。

もっともっと、悲しかったんだ。

 

 

いつも自分が猛烈な胸の痛みを抱えながら、我慢する方なんだ。。

 

 

 

 

そんなことにも、

気がついた。

 

 

 

 

わたしが

【直以外のひとと何か】なんてこと

そんな可能性

そんな発言

これまでなかったから、

 

突然の、

 

『結論から言うと、せっくすをした』

 

 

っていう、わたしのことば。

 

 

それがどれだけ、

直の胸を締め付けるか

直の胸に刺さるか

直の胸を痛めるから、

想像に容易かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その電話は12時間していた。

 

 

 

直の嗚咽、涙、叫び、怒り、悲しみ、痛み

 

 

 

ぜんぶぜんぶ、

しっかりと、真正面から受け取ろう。

 

その覚悟を持って、いた。

 

 

 

それが新しかった。

 

 

 

わたしの胸は痛かった。

涙は止まらなかった。

 

 

 

それでも、ひたすら、

切りたくなっても切らずに

ひたすら、

直の嗚咽を聞き、

わたしの選択により

生まれているいまこの結果を、状況を、

真正面に、引き受けた。

 

 

 

 

これまで、

わたしは、

直の悲しみ

 

を、素直に受け取れないわたしがいた。

 

 

 

[わたしによって直が傷ついてる]

っていう状況をなかなか受け入れれなかった。

 

悲しむ直に、

「いちいち悲しんでる」

「また悲しんでる」

と、

イラつくときだってあった。

 

 

それは、

わたしが、

わたしに対して、

悲しみきることを

些細なことでさえ、

生まれた悲しみを抱きしめることを

 

できていなかったんだなあ。

 

 

 

 

 

 

電話の中でもらった2つの

直からの、リクエスト。

 

 

 

それは、

このできごとをしっかりとブログに書くこと。

包み隠さずに全てを。

 

2つ目は、

今回の件に関して、彼としっかり、話し合うこと。

彼は茉優とのせっくすをどう感じてるのか?

もし妊娠してたらどうするつもりなのか?

などなど。

 

 

 

わたしの中にも、

ちゃんと、話し合いたい

という気持ちがあった。

 

 

 

そうしたら、偶然にも、

次の日、彼の方から連絡があり、

話したいことがあると伝え、

会うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日の夜せっくすしての、次の日。

 

なんだかどこかよそよそしさや

ぎこちなさを感じながらも、

わたしは、勇気を出して、話を切り出した。

 

 

 

 

 

 

『わたしは、

昨日のあなたとのせっくすのこと、

パートナーに話したよ』

 

 

 

そう切り出した。

 

 

 

 

 

彼はほんとにびっくりしてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから、

 

聞きたいことを聞き

話したいことを話した。

 

 

初めは、

「茉優だから、したんだ」

と言っていた彼も、

奥へ奥へとさぐるにつれて、

 

 

茉優には「I love you 」とは、言えない

 

って、本音が出てきて。

 

 

 

 

わたしがせっくすには、

2種類あると思うとはなした。

 

 

ただ、するだけのせっくす。

 

繋がるための、せっくす。

 

 

 

 

わたしたちのはどっちだったと思う?

 

 

と聞いたら、

 

 

前者のほう

 

と答えた彼。

 

 

 

 

どきどきするとか

恋してるとか

好きとか

まぐあえる「かも」とか

 

そんなんじゃ、つながるせっくすはできないんだと。

 

 

 

心から、

自信を持って

「愛している」と、

言える相手でなければならないと。

 

 

直でなければ、

まぐあえないのだと。

そう、身を以て実感した。

 

 

 

 

 

『あなたのニーズはなに?』

 

 

そう聞いたとき、

驚いた表情をしていた。

 

そんなこと人に聞かれたことがないと言っていた。

 

 

なかなか出てこなかったけど

彼のニーズは

もっと触れ合いたい。

繋がりを感じたい。

だとわかった。

 

 

 

それをまずは、あなたが抱きしめなきゃ。

それをまずは、あなたの大切な人に伝えなきゃ。

 

 

 

彼が感情を表現することを嫌っていること

I love you の使い方がわからないこと

 

いろんなことがわかってった。

 

 

 

 

彼は感情を表現することに

抵抗がある。

感情的にいることを

悪いことだと思っている。

 

 

これまでわたしは、

『感情的に生きてこそわたしだ』

 

ってくらいに、

生まれる感情を

生まれるままに

生きてきた。

 

 

そしてここ最近ようやく、

 

 

感情っていうものは、

 

《わたしが、わたしを、知るため》

 

に生まれるもので

 

 

その正体は

 

本質からの《愛》でしかないんだと。

 

 

 

そう、実感する日々が続いていた。

 

 

 

だから、

感情を悪いこととして

出さないようにして

生きてる彼の姿に

 

わたしの胸は、

深く、重く、痛かった。

 

 

 

『彼が何かを抑えてる。。』

そうにわかる瞬間ってのがたくさんあった。

 

 

 

その度にわたしは彼の胸に手を当てた。

 

 

平気そうに

大丈夫そうにする彼に

 

 

何度も何度も、

 

 

目を覗き込んで、

 

 

 

ほんとうに?

 

 

 

と、聞いていた。

 

 

 

どうか、

 

彼が、感情を受け入れれて

本質からの愛に気付きますように。

 

と、

 

そう、心の中で祈りながら。

 

 

 

 

すると、

ばっと、

覆いかぶさるように、

抱きしめてきた彼。

 

 

 

何か、必死に押さえつけてた蓋が

ぱかっと取れたようだった。

 

 

 

 

 

すごくすごくうれしかった。

 

 

 

彼は、わたしの言葉が

わからないなりにも

ピンとこないなりにも、

 

 

確かに、

確実に、

何かが、届いていて、

そこに、揺らぎが生まれてて。

 

 

その瞬間

その在る姿を

 

とても《人間らしい》と思った。

 

 

そして、

 

わたしがしたかった、

彼との『人と人での繋がり』

 

 

 

それが、

できた

って、

抱きしめあっているときに思った。

 

 

 

 

 

わたしがしたかったことは、

これなんだ。。

 

 

って。

わかった。

 

 

 

 

性的なものを挟まずに、

ただ、

 

 

言葉を尽くして、

目を見つめあって、

心の奥を探ってって、

共に何かを分かち合って、

それが、溢れて、抱きしめ合う。

 

 

 

 

うれしくて涙が出た。

 

 

泣き出すわたしに、彼は戸惑っていた。

 

 

「ごめん、茉優はわたしの中を聞いてくれてたのに、自分は何にも茉優の中を聞いてなかったね。わたしの失敗だこれは。ごめん。」

 

 

って、困ったような優しい顔で

心配した彼。

 

 

「違うんだよ、これはうれし涙なんだ。あなたと人として繋がれたこと、それがすごくうれしいんだよ。わたしはせっくすじゃなくて、あなたとこれがしたかったんだ」

 

 

って。

 

 

そう伝えて、もっと泣き出した。

 

 

 

彼はわたしを抱きしめて

茉優の中にある全部の涙が出切るようにと、

わたしを抱きしめながら

左右に揺すりながら

わたしの目から涙が流れ出るたびに

その涙をひとつひとつ、拭ってくれた。

 

 

 

 

 

そうしたら、

なんと彼も泣きそうになってて、、!

 

 

 

初めて見せる表情だった。

 

 

 

If you want to cry, you can cry

 

 

って、優しく、目を見て、伝えた。

 

 

 

 

でも彼は、

わたしは隠すのが上手なんだ

と言って

目を手で覆い隠していた。

 

 

 

 

ずっとずっと、感情もブロックしてきて

きっと泣きたいときだって我慢してきた彼が

 

 

 

心が揺れて、泣いている。

 

 

 

 

 

その事実が、

その状況が、

 

 

わたしは魂レベルに喜びだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

やりとりの中で

茉優はemotional therapist のようだ。

それになれると。

茉優を必要としている人はたくさんいると。

 

 

そう言ってくれたけど、

 

 

今度は彼がセラピストのように、

わたしを受け取ってくれて、

 

 

お互いにtherapistだねって、

 

 

そう笑った。

 

 

 

 

 

 

 

人として繋がれた

 

 

からこそ、溢れ出る何か。

 

 

 

 

彼はわたしの胸に飛び込んできた。

何度も何度も、

顔をさすって。

 

 

 

 

自分で猫のようだ

って言ってたけど、

 

わたし的には

お母さんの胸に飛び込む子どものようだった。

 

 

 

そのときの私は、

なんだか、

マザーテレサって、こんな感覚で

常に生きてきたんだろうな

 

って思うような、

 

寛容で寛大な母性の愛

 

 

みたいなものを感じていた。

 

 

 

 

 

 

あのせっくすがあったからこそ、

そして

できると思ったまぐあいが

「できなかった」からこそ、

 

 

わたしたちの、

このやりとりは、生まれた。

人としての繋がりが、生まれた。

 

 

 

言葉を超えて。

 

 

インドの時もそうだった。

 

 

国籍も言語も関係なく、

『人間』として繋がれることの喜び

心に寄り添いあえることの喜び。

 

 

 

それはわたしにとって

大きな大きなギフトだった。

 

 

 

 

与えたくて仕方がなくなってる彼。

わたしの体をほぐして、マッサージしてくれた。

 

 

その姿は、

もう

[与えていることが喜び=男性性そのもの]

 

だった。

 

 

その表情は、

美しかった。

 

 

 

 

彼の目は変わった。

愛の目になっていた。

 

 

 

そして彼もわたしを見て

You are beautiful と言ってくれた。

 

 

 

 

人の中に愛がある姿は、美しいのだと、

改めて強く思った。

 

 

 

 

わたしは、

 

彼が与えていること

マッサージしてくれてること

 

有り難くは思えた。

 

けど、

 

 

魂は震えてなかった。

喜びはそんな生まれてなかった。

 

 

 

 

 

 

ずっと、

縛られてきた、

 

男性性  と  女性性  の統合 融合

 

 

 

それは、

 

 

ただ、そこに、

 

男性性と女性性 

 

が、あればいい

 

わけじゃなかった。

 

 

 

 

与えるのが喜びな人と

受け取るのが喜びな人が

いればいいわけじゃなかった。

 

 

 

どの魂を愛しているか

どのエネルギーを愛しているか。

 

 

そこだった。

 

 

 

肉体や性別は関係なく。

 

 

 

 

 

 

 

そしてその相手は、直なんだと、わかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人が、人として、繋がること

性的に触れ合うこと。

 

 

 

延長線上な世界もあれば

完全に隔離する分離する世界もある。

 

 

 

 

 性別も肉体も関係なく

 

 

ただ、ひとが、ひとを、愛すること

 

ただ、ひとが、ひとに、惹かれること

 

 

 

そこらへんに、私たちの道があるよう。

 

 

この道に関して

わたしの中にあったこれまでのもの。

直へのラインから少し引用して載せる。

 

 

ひとつめ


わたしが、

大切な男友達

と思っていた人が、

わたしに性的に触ってきたときとか、

キスをしてきたときとか、

 

 

 

その時にも

価値があるんだうれしい

 


って癖も出るけれど

 


どうして?

ともだちじゃなかったの?

どうして「女」としてみるの?

どうして「ひと」としてみれないの?

わたしは「ひと」としてあなたと仲良くいたかったよ。繋がってたかったよ。それは無理なの?

どうしてわたしは「女」としてしかみられないの?

 

 

 

そういう

小さい子ちゃんたちの、

叫び。

 


それが

悲しみとなって

怒りとなって

憎しみとなって

『気持ちわるい』という日本語に、達した

 

 

 

 


ってことだったなって、今思った。

 

 

 

 

 

 

わたしは、ほんとうに、

 


おもしろい矛盾を併せ持った人間だなって。

 

 

 

 


性的なものに

求められることに

価値を置いてるかと思えば

 

 

 

まったく正反対の

「おんな」ではなく

「ひと」として、

 


みられたい。

関わりたい。

繋がりたい。

 

 

 

って思いもこれまでずーーーーーーーーっと、ずーーーーーーっと、持ってた。

 

 

  

 

 

ふたつめ

 

直。

 


やっと出てきた。

 

 

 

 


わたし、小学生のころ、

好きだった男の子にこう言われたの。

 


『お前みてると勃起する」

 

 

 

って。

 

 

 

 


その勃起って言葉を、そのとき初めて聞いた。その時のわたしによく意味はわかってなかった。でもなぜか、その言葉を言う男の子の表情から、それが一体どんな界のものなのかは、本能的に、潜在的にわかってたと思う。

 

 

 

 

 

 

 


わたしはその男の子が好きだった。

 

 

 

その男の子に、そうに言われて。

 

 

 

 


え、それはあなたも私が好きってこと?

わたしを褒めてくれてるの?

 


って、そんな疑問が小学生のわたしの中でぐるぐるしてた。

 

 

 

 


でもなんだか、

今思えば、

 


わたしの中にあった、

やわらかく、

ふわふわした、

かわいらしい想いたち。

 


それらが、

不可抗力的に

無条件に

上から、

ゆっくりと、

ぴしゃん。

と、

なったような気がする。

 

 

 

 

 

 

ここが、始まりな気がする。

 

 

 

 

 

 

直に話したことないよね?この話。

 


わたしの中でも、なぜかずっと、封印されてた。

 


でも、ふと、

出てきた瞬間に、

これだ。

 


ってなった。

 

 

 

 

 

 

わたしは、

混乱したんだと思う。

 


わたしが好きと思う男の子から、お前を見てると勃起すると言う言葉を言われて。

 


それを、

『お前は性的な対象であって「好き」ではない』

って意味なのか、

「好き」だから、性的に興奮するのか、

 


わからなかった。

ずーっとわからなかった。

 


でもきっと、

「好き」だから、興奮するって。

「好き」だから、求めてくる

って。

 


ずっとそうに思いながら、

ずっとそれを思いながら、

ワンナイトしてたなって。

 

 

 

ここ、初めて言葉になった。

 

 

 

でも、だんだんわかって言った。

みんながみんな、

「好き」だから、求めるわけではないと。

「好き」だから、せっくすするわけではないと。

 


でも、直と出会うまでは、

付き合った男の人から、

「好き」だから求める

「好き」だからせっくすする

 


を感じてきた。

 


だから、

全部が全部とは、言えないのかもしれない。わからないけどね。

 

 

 

 


いまでも、不安がってて、わからない小さなわたしがここにいるよ。

 

 

 

 

 

 

その子の不安を、

言葉にできない感情を、

いま1番たいせつにして、

味わってる。

涙と共に。

 

 

 

 


直は、

茉優が好きだから

キスをするんだよね?

茉優が好きだから

わたしの体に触れるんだよね?

 

 

 

 


わたしは

男の人の中での

「好き」の気持ちと「性欲」

 


それをずっと、ちゃんと理解してこれなかった。

 

 

 

きっと、

「好き」だから、

求めてくると

触れてくると

せっくすしようとすると、

 


そう、信じて。

そう信じてやまなかった。

 

 

 

 

 

 

でもある時からだんだん、

「好き」だから、

を諦めて、

その男の人に、

『女として認められた』

『女としての価値がある』

に、重きをおくようになってった。

 


「好きだから」

「価値を感じてくれてるから」 

 

 

 

その2つをぶっ飛ばして

『「その人」じゃなくて

「ちんこ」が茉優のこと好きなだけだよ』

 


そう言った直。

 


そして今回のこの出来事。

 

 

 

ただ表面だけで

『もう、もってるもの』として、話されてきたことトピック。

より深く、メスを入れたところに、今わたしが感じることがある気がしてる。

 


この内側と外側とでのカオスな混乱、もう少し味わってみるね。

 

 

 

それに対する直のライン

 

 

おはよう!
初めて聞いたその話!

よくたどり着いたね。
この後、どう感じて行くのかは分からないけど、
おめでとう😊

 

何か世の女の子たちの多くも陥ってる大切な大切なポイントな気がする。
みさちゃんの言葉からも感じたよ。
先々すごく誰かを助ける気付きかもね😊😊😊

 


私は茉優への好きが溢れてキスになるんだよ。
茉優への好きをもっともっと深くまで届けたくてセックスをするんだよ。

 

 

私は勃起できないけど、
茉優の体を求めるって表現するような性欲はないけど、  

 

茉優の心も体も魂もひっくるめて、
存在を愛してるんだよ。 

 

 

『求める』って言葉、なんか、
あるね。

ある時からだんだん好きだからを諦めて…
ってとこ。
どうして諦めたんだろ。
もう、茉優が体感してることにウソつけなくなったのかな?
どうやらこれは好かれてるわけじゃないぞ。
だけど、どうにか私への何かがあることにしないと、茉優はどうしていいか分からなくなる。
そうだ、女として価値があるからだって。無意識レベルで。
そんな気がした。

 

 

 

これは、

これからのわたしたちの道に

本当にたいせつなやりとりだったとおもう。

 

 

 

 

 

また昨日直が、

男友達と、一緒に風呂に入ってたら

性器を触りあって、

って話ししてて、

それは今、本人がブログにしてる。

さわりっこ - おにぎり ころりん すっぽんぽん

 

 

 

 

わたしたちは、

出会ったころ、

関係が始まったころ、

 

 

お互いに

性への固定観念が強い

 

という自覚、認識があった。

 

 

 

今思えば

それらをひとつひとつ、手放すための

必要な過程だったのだなと。

 

 

 

 

 

 

 

この人が好き

この人を愛してる

 

世の中でたくさん聞く『愛』

 

 

それと、『性』のこと。

 

 

 

人は曖昧にしがちだけど、

目を背けがちだけど、

あまり語ろうとはしないけど、

 

 

 

 

わたしは、

それを、たくさん味わうみたい。

そこに、伝えたい何か、があるみたい。

 

 

 

 

 

わたしはもう、

この『生きてるいま』が『生きがい』だ。

 

 

 

 

どこまでも正直に

包み隠さず、ぼやかさず

自分をオープンに。

 

 

オープンにできるということは、

全ての自分を赦していることだから。

その赦しは、愛だから。

 

 

 

 

 

 

全てのできごとで

わたしはあり得ないほどカラフルな

感情や怖さや不安や喜びを味わった。

 

 

そうして、

【自分への絶対的な自信】を何度も味わった。

 

 

 

何があっても大丈夫

何をしても大丈夫

何をしなくても大丈夫

 

そんなところに立てたなら

 

きっと生きてる。めいっぱいに。

 

親も場所も国も肉体も自我も性別も

全てを選んで、

生まれてきた、

この地球での

たった一度きりの

かけがえのない今この時間を。

 

 

 

 

 

 

 

 

この過去最長ブログ

激長文章を

一体どれだけの人が

さらさら〜〜っとスクロールすることなく、

いまここの文章まで辿り着いたか、

それを知ることはできないけれど、

 

 

わたしのひとつの、たいせつな生き様だから。

 

 

 

小林茉優という人間は

こんな風に生きてたよって。

 

 

それを、

共有したいと思ってくれたあなた

興味をもってくれたあなた

 

 

ありがとう。

 

愛しています。

 

 

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わたしはこの世界を

直と2人で、お話し会しながら

ただ、暮らして、生きていく。

 

それが1番、楽で、喜び。

 

 

おわり。

 

またまた超えたひと山

直と離れて、

豊島で暮らす日々。

 

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突如現れた、

ビックニュース。

 

 

 

 

直が、ある女性と、

まぐあい(せっくす)を

することになった。

 

 

 

 

わたしと直と、

今年の5月、

インドから日本に帰ってきた日に

東京で会った人。ゆりなさん。

 

 

 

 

 

 わたしと

共通のわくわくを持っている

飛び抜けてて

あたたかいひと。

エネルギーセックスがテーマのひと。

障害者とかトランスジェンダーとか

多様なひとたちが

何の垣根もなく

ただ、愛し合える

愛の世界をつくろうとしてる人。

 

 

 

 

 

 

 

ゆりなさんいわく、

 

茉優の女性性と

直の男性性が

 

ツインソウルというもので、

 

 

直の女性性と

ゆりなさん男性性が

 

ツインソウル

 

 

とのこと。

 

 

 

茉優 女性性と

直 男性性は

もう統合していて、

 

次のテーマは

 

直 女性性と

茉優 男性性

 

だった。

 

 

 

でもここにきて、

 

その相手が、

また別の人間として

現れて。

 

 

 

自分の女性性を開くために

【男性とのせっくすが必要】

だと思った直は、

呼びかけて、

1人の男性との時間を持った。

 

 

 

でもその結果、

そこでは、

 

やっぱり、茉優だ

 

ってなった。

 

それによる恩恵もたくさんあったけどね。

 

 

 

その流れでの、

2人での北海道旅。

 

 

 

確かに、受け取れるようになっていった。

 

 

わたしの目からみて、

確実に直は、女性性が開いていってると

実感があった。

 

 

それでもまだ、

 

開け切らない。

 

と、本人の感覚。

 

 

 

できれば、

 

こじ開けるのも茉優で、

 

開いた先で、

 

《与え、受け取る》という、

 

愛の循環を、

 

茉優としたい。愛し合いたい。

 

 

 

って、望んでたよう。

 

 

 

でも、

 

その直の女性性を『こじ開ける』

の、大きな大きな助け舟が、登場してくれたんだと、いま、わたしはおもっている。

 

 

 

 

 

その大きな助け舟により、

 

 開いた女性性を持った直と、

与えあい、受け取り合う、

愛のぐるぐる。

 

 

 

それを想像しただけで、わくわくと、喜びと、うれしさで、涙が出そうになる。

 

 

 

 

一方で、こわさもある。

 

 

その、ゆりなさんとの、まぐあいを機に、

 

わたしたちの関係が、

変わるかもしれない。

 

 

パートナーでなくなるかもしれない。

 

 

直はゆりなさんを、選ぶかもしれない。

 

わたしは、捨てられるかもしれない。

 

 

 

そんな、大きな、大きな、

 

わたしがちっちゃな頃から持ってる

 

 

【壮大な恐れ】も、わたしは、抱えている。

 

 

 

 

一度経験した傷を、

状況を変え、人を変え、

味わおうとする癖をもっているから。

 

 

 

 

 

鬱屈した、

どうにも身動きができない直に

訪れたこの、大きな流れ。

 

 

 

 

 

これが天の、流れなのか。と。

パーフェクトなる宇宙の采配なのか、と。

 

 

 

参ったな、という降参するような感覚と、

飛び抜けすぎて、わたしはどこまでも面白い人生を描いたなあ、という感覚と。両方。

 

 

 

 

 

 

 

 

この、「独占欲」「嫉妬」が人一倍強いっていう自我を持っているわたしにとっての、

 

 

大切なパートナーが自分以外の他の人と

まぐあい、つながり、愛し合う

 

 

という、このシナリオ。

 

 

 

 

 

どんだけ味わいたがってるんや!?

わたしは!!!

 

 

 

って突っ込んで笑っちゃう。笑

 

 

 

 

 

 

ゆくゆくは、

 

ふたりで、このこれまでの道のりを

 

パートナシップだか、人を愛することだか、まぐあいのこととか、テーマはなんでもいいけど

 

お話会をしたいね、と、ずっと話していた。

 

 

 

そしたら来た!!!!!

 

 

友人のまさきが、

自分の大学で、

『茉優と直に、トークセッションをしてほしい』

 

 

と。

 

 

頼まれた。

 

 

 

 

 

ついに、運ばれて来た。

わたしはすごく嬉しかった。

 

 

 

 

 

その依頼の後に

直のことできごとがあったのだけど、

 

 

 

もうわたしたちの未来が未知すぎて、

 

 

その頃わたしたちがどうなっているのかは

1ミリも想像がつかない。

 

 

 

 

ただただ、いいネタがそろってきてんな

 

って笑ってしまう自分もいる。

 

 

 

どんだけ、カラフルなん!?って。

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて、直から

「せっくすをする約束をした」と

それを知らされた時の

直がラインが来た時の

 

あの、【胸のどくどく】

 

ナイフくん。

 

 

 

出てきた。

出てきてくれた。

 

「ナイフくん」に関しては

ここマップの記事にて。

あれれ?最高で完璧だったじゃん!! - mayu’s diary

 

 

わたしは、

それを、

その感覚を、

 

じーーーっと、味わった。

 

 

そうしたら流れてきた、涙。

 

 

熱く、あったかい、涙。

 

 

涙って大事だなあ。

 

 

 

 

 

その時の直とのやりとり。

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このブログでは、

ラインでのわたしと直とのやりとりを

そのまま、あげていこうとおもう。

 

 

それが最も、その瞬間の感情に、

温度を持ってる言葉だから。

 

 

 

その日の夜のやりとり。

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたし

やっぱり、ふと気をぬくと

というか、

ふとした時に、

 


ゆりなさんと

なおが

 


ちゅーするところとか

裸で抱き合うところとか

体を触り合うところとか

みにくわ愛でるとか

ちくび愛でるとか

それに濡れて感じて

 


って光景を、

妄想?イメージ?

 


しちゃうわたしがいて、

 


それにやっぱ

落ち込む。

 

 

 

 

 

 

気を抜くと

 


だったらそのまま、

その人とやってたらいいじゃん!

まぐあえちゃうんだったら!

繋がれちゃうんだったら!

 


ってのに、

支配されそうになるね。

 

 

 

まだまだいっぱい

このまゆちゃんは

叫んでる。

 

 

 

 

 

 

やだよーーーー!!!

 


わたしだけをみててよーー!!!

 


わたしだけをあいしてよーーーーーー!!

 


わたしだけにあいさせてよーーーー!!!!

 

 

 

他の人もだなんてやだよーーーーーーーーー!

 

 

 

わたししか知らない直ちゃんがたくさんいたのにーーーーーー。

 

 

 

 


ってね。

 

 

 

 

 

 

 


それが頭を占めてくると、

 


こころがぐらぐら不安定になってく。

悲しみや怒りや寂しさっていう、

マイナスのエネルギーに満ちてくね。

 

 

 

 


それもみつめつつ

それもみとめつつ

それもゆるしつつ

それもあいしつつ、

 

 

 

 


すべては、パーフェクトなんだって。

 

 

 

天だけをみて

天だけを信じて

ゆっくり息を吐くと、

 


あの電話の時の

メッター茉優の

状態にありやすいかなあ。

 

 

 

 


ギブアンドテイクてきな

交換制てきな

 


癖はあるんだけど、

 

 

 

わたしは、

やっぱ

ただセックスしたいだけじゃないんだなあって、

ただ性欲を満たしたいだけじゃないんだなあって。

 


つながりたい。まぐあいたい。直のいうあわーーーい感じでまぐあうのもすき。性エネルギーによってまぐあうのも、おなじくらいすき。それかもっと。どうだろ。

 


やっぱ、

性エネルギーのちからってはんぱなくて、

 


あわーーいやつでは

いけないところにいくんだよね。

 


連れてかれちゃう。

 

 

 

それがたまらんのよね。きっと。

 

 

 

 


あの感覚を、

直ちゃんは、

ゆりなさんによって、

経験するのか〜

経験するのかなあ〜

 

 

 

うれしいも100パー

 


切なさも100パー

 

 

 

 


あとは、

今改めて、

違う表現を伝えるなら、

 


あの、直が送った顔写真みて、

「ほんとうに、ただの、女性だなあ」

って、思って。

 

 

 

かわいらしい、

きれいな、

女性。

 

 

 

インドの時のように、

完全に『わたしの目』からみて「女性」。

 

そのインドの当時のブログ↓

《見た目の変化》によって生まれる思考。 - mayu’s diary

 


その状況を前に、

直への愛おしさが溢れる自分に、自分で、うれしかったなあ。変化をかんじるなあ。

 

 

 

 

 

 

あと

予感的に

陥りやすいのは、

 


「直が今度はおんなのひととせっくすする約束をしたんです。わたしはそれをも受け入れて見送るんです。いろんな感情がこんなにもあるけれど。」

それもある、方向から見たら事実ではあるかもだけど

俯瞰したら【被害者意識】【わたし、えらいでしょ?】【直ってひどいでしょ?】

てきなやつ。

 


三者絡めた時に

出てくるわたしから直への

敵意みたいな、対抗心みたいな、あったじゃん?

それに近いようなもの。

 

 

 

それに陥りそうになる

自分に、気づいている。

 


シェアの人に流れで

言いそうになったんだけど

自分が言おうとしてる言い方って

その【ひどいでしょー?!】感覚なんだよね。

 


いう前からそれに気づいて、

 


や、それは、私の本質ではないし、真ん中にあるものでもない=言葉にしたいことではない

 

 

 

ってわかれて、

言わないって選択をできてることが、新しいなと今気づいた。

 

 

 

 


明日からの、作業中の、わたしのあたまのなか、こころのなか、が、ちょっと楽しみに思えてる

 


ってのも新しい。

 

 

 

 


って感じかな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それに対する直のらいん。

 

茉優から送られてきた文を読んで、
茉優が知っていて
私が知らないまぐあいの世界が
あるって
改めて感じた。

私はまだ、
あわーーーいまぐあいが好きで、
それに上乗せしたような性的なモノも感じつつあるといった感じで。


半端ない性エネルギーの力を知りたい。
それでしか味わえない世界を知りたい。


そして、
そんな私を茉優に見てもらいたい。

そう強く思う。

私の開花を
涙して喜ぶ茉優を見たい。

だけど正直、
私は茉優と触れ合うと
すごく努力して
受け取る方をやる。
なぜなら与えることが私の喜びだから。

そこの強さというか、
茉優の女性性と直の男性性の結び付きの強さが、

入れ替わることの
ハードルになってる感はある。
男で茉優を愛したい願望が邪魔をするというか。


この先、どういう展開になるかは分からないけど、

進みたい。

 

私の中をどう整理していいか分からない。

こんなに茉優を愛おしいと思っていて、
こんなにも溢れ出すものがあって、
まぐあいたいとも思っていて、

だけどゆりなさんの話に怖さとともにワクワクする私。
矛盾する私。

 

お手上げ。

 

茉優、
今日も1日ありがとう。
あいしてるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それに対する今朝のわたし

 

おはよう😊

 

 

 

 


うんうん、なるほどね。

『努力して』受け取る、かあ。

ゆりなさんいわく、そこがツインであるがゆえにってことよね。

 

 

 

進みたいね。

 

 

 

 


矛盾というか、

男性とまぐあいたいって

言ってた時の同じで

どちらも100パーセントで

Aの直もBの直も

共存してるってことなんだろうね。

 


それは、

一般的なメガネでいえば

『矛盾』だけど

もっと深い意味で言ったら

矛盾なんかじゃないんだろうね。

 


って打ちながらわたしがわたしに言い聞かせるための言葉に思えてきたけど笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度も何度も

直の文章を読んで

 

 

 

ようやく、

 


心から

 

 

 

『味わってらっしゃい。

いってらっしゃい。

待ってるよ。』

 

 

 

って思えたわたしがいたよ。

 


そのわたしだけが100%じゃないけど。一部のわたしは、いま、たしかに、そうにおもえた。

 

 

 

 


だって、愛おしい直ちゃんが、

「わくわく」することなんだもん。そんなの、反対したり辞めさせたりなんて、わたしのこころはできない。出会って関係が始まってすぐのころのような、

「直に、こころのままにいてほしい」って、

仏まゆちゃん(メッターまゆちゃんでもあるか)は確かに居続けてて、その子が顔を出してくる。その子はずーっと、ここにいる。

どんなにわたしの中に胸の傷、どくどくが生まれててもね。

 


だって、その先で、開いた先で茉優と愛し合いたいんだ

って、その気持ちが、その愛が、いっぱいいっぱい届いてる。わたしはそれを信じれてる。今、この瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ありがとう直。

 


愛しています。

 

 

 

 

 

バイトしながら、何度も出てくる思考、というか妄想。

 

こうなったら、〜〜かなあ

ああなったら、〜〜かもしれない

 

 

 

そんな《不安》や《恐れ》を感じるわたし

 

そのわたしの中にいるみーーーーーーんなに

 

気づいてあげて、

大丈夫だよって、

 

そう、心の中で唱えてあげるだけで

無敵な気分になる。笑

 

 

どんな感情が出ても

どんな感覚が生まれても

 

わたしが、わたしを、受け止めきれると。

 

 

【それがわたし】なんだ、と。

 

 

そんな風に思えたら、もう怖いもんなしよね。

 

 

 

 

 

 

そして最近のキーワードは「祈り」

 

 

大切な人

家族

関わるみな

生きるものすべて

 

しあわせでありますように。

 

 

そして、何より、

 

わたしが、しあわせでありますように。

 

 

どんな感情も受け止めて、愛して、

 

 

その上で、わたしがはっぴーであれるよう。

 

 

どんな世界を見るか、

何をチョイスするか、

何を信じるか。

 

 

 

いつもそこに戻るんだ。

 

 

 

 

 

 

 

みーんな、ひとつなんだと。

 

 

同じ生命体なんだと。

 

 

本質的には、

誰が誰を愛すとか、関係ないのだと。

 

 

 

ついつい、

わたし「だけ」が、直を愛したい!のに!

 

って、わたしも出てくる。

 

 

 

 

でも、

今日ふと、

 

ゆりなさんに対して、

 

直を、

愛してくれて、ありがとう。

 

 

愛しています。

 

 

って、そう思えた瞬間があったんだ。

 

 

 

 

その瞬間に、溶ける。

 

 

境界線が。

 

 

人と人の。

 

関係性の。

 

 

 

みーーんなひとつ。

 

 

 

すべてのひと、

 

 

愛を発してくれて

愛を表してくれて

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

おわり。

声。喜び。愛。怒り。相手軸。

 

今日、東京の高田馬場で、

Otono canvas っていう

https://www.facebook.com/events/793472841015165/?ti=icl

 

好きな曲を持ち寄って、

ボイトレして歌おう!

 

ってイベントがあって、

 

それに、

直が参加することが決まってて、

 

自分はそこで

ちゃんとしたスタジオで、

どりちゃんの伴奏と

雄也さんのボイトレの中、

 

直に歌われる高橋優の「おかえり」が生で聴いてみたくて

見学として、一緒にイベントにいった。

 

 

あとはそのイベントを企画する側の

どりちゃん、にも、会ってみたかった。

 

 

どりちゃんは、

言葉を超えて、

目の前の歌うひとと、繋がって

コミュニケーションをとって、

即興で、ピアノを奏でていて

ほんとうにすごかった。

 

 

パートナーの雄也さんは

熱量がとにかくはんぱないひとで、

でもあたたかさや柔らかさもあって、

何より雄也さんが、シェアしてくれた名言

 

【生きることを生きがいに】

 

が、すんごく心に残っている。

 

 

 

声って、裸ん坊になるんだなあって。

 

 

一瞬、一瞬に、

ありのままでいる覚悟を持つんだなあって。

 

 

もどかしさも

戸惑いも

躊躇も

ぜーーーーんぶが、そのまま美しくて、愛おしいんだなあって。

 

 

 

みんな、声があってよかった。

声が出せるってしあわせだ。

 

 

 

声があるから、

 

思いを乗せて、大切な人に、だれかに、届けることができる。

 

 

声があるから、

 

その瞬間の気持ちを、こころを、表現することができる。

 

 

 

 

 

わたしは、

 

 

極度に、

人前で歌うのを嫌がるひとだった。

 

 

鼻歌とか、1人で歌うのはすきなのに、

 

 

人の前でってなったら絶対イヤで、

 

カラオケでも歌わないし、

歌う羽目になったら必ず誰か道連れにするし、

仲良い子と2人のカラオケですら、

一緒に歌おうってなるくらいに、

 

 

わたしは人前で歌うことに極度の抵抗があった。

 

 

 

でも今日!!

 

人生で初めて!!

 

ひとのまえで!!

 

1人で!!

 

歌った!!

 

しかも、見学での参加だったはずのに!笑

 

 

どりちゃんのすてきな伴奏つきで。

 

 

足が震えるのがわかってたから、

よりリラックスできるよう

座って歌うことを選んだ。

 

 

あんなに立ち姿の姿勢のこと指導してくれたのにごめんね雄也くん。

 

 

 

 

かすかな、

喜びや、

うれしさを、

 

大きな大きな

緊張や

恥ずかしさ

の中でも

 

感じることができた。

 

 

きっと、人がいる前で、

 

わたしが、

わたしらしく在る覚悟をして、

 

 

それをそのまま声にのせれたら、

 

 

それはおおきな、おおきな、

何か光のような、あたたかいものに

包まれるような、

居心地のいい

そんなところにいく。

 

 

 

 

初めて味わった感覚だったなあ。

 

 

 

 

わたしが、歌うことができたのは、

この場にいた、ひとりひとりのあたたかな心、そして、紛れもなくあかりんのおかげ。

 

 

参加者は直とあかりんの2人だった。

 

 

 

 

まだ19歳だか20歳の

大学生のあかりん。

 

 

ここまで、なんとなーく、それなりに生きてこれて、でもどこか、物足りなくて、誰かや何かを見てるだけじゃ嫌で、葛藤もありながらの大きな一歩だった。もっと自由に表現したいって、強い思いを持ってた。

 

 

そんな彼女が、

何回か人前で歌って

休憩に入った時に、

 

「体がガクガクする」

「緊張する」

 

と言って、どりちゃんに抱きついて涙を流してた。

 

 

わたしはその姿を見た瞬間に

あかりんに抱きつきに行ってしまった。

 

 

 

 

あかりんの気持ちがわかるから。

足が震えるのがわかるから。

体がガクガクするのがわかるから。

歯がカクカクするのもわかるから。

 

 

 

わたしも緊張しすぎて

なんかすごいところにいくと

そうなる。

 

 

でもそこで、

 

 

それを素直に言葉にできて、

人に寄りかかることができること

 

 

それって、

ものすっっっごい、素直さと勇気なのよね。

 

 

 

もうその姿グッときてしまって、

愛おしいなあって気持ちと、

わたしが泣いてしまいそうな気持ちと

入り混じりながら、

あかりんの背中をさすっていた。

 

 

 

 

強がることもしない。

 

平気なふりもしない。

 

誤魔化すこともしない。

 

 

それって、ほんとうにたいせつで、

ほんとうに勇気のいること。

 

 

 

 

わたしは、

その彼女の姿を見て、

抵抗が残りながらも、

歌うことができたのだと思う。

 

 

 

 

 

歌い終わったあと、

直が、抱きしめてくれて、

うれしかった。

 

 

 

直が歌ってくれた「おかえり」も、

届きすぎて

溢れすぎて

のっかりすぎて

最後は涙が流れた。

 

 

 

 

歌いながら

直がわたしを見る、その目は、

 

 

純粋、そのもので。

 

200%に、ピュアな、こころ、愛。

 

 

 

 

こんなしあわせなことってあるのかなって、

ほんとうに有難いなあって。

 

 

 

 

 

 

 

 

みんな言葉があってよかったね。

みんな声があってよかったね。

 

 

 

 

言葉があるから、

伝えられる。

 

 

声があるから

届けられる。

 

 

 

 

わたしは最近、

直との間で、

 

 

【思っていることを言葉で伝える】

 

 

ってことの、トライをしていて、

 

 

 

小さい頃、

わたしは一切言葉を喋らない子だったように、

 

「無」でいること、

が、わたしを救ってくれていた時があった。

 

 

どんな感情も、言葉も、

「無」でいることが、そのときの、

わたしがわたしを守るすべだった。

 

 

 

今でもその名残があって。

 

直とやりとりをしてるときや、

けんかをしているときに、

 

突然この「無」が顔を出す。

 

 

 

 

そうすると、もう、なにもない。

 

 

なーーーんもない世界になる。

 

 

 

なにを聞かれても、

なにも響かなくて

なにも働かなくて

なんの言葉も出てこない。

 

 

そんな時がよくあった。

 

 

ちなみにこの「無」は

 

瞑想中にも出てくる。

 

 

だから自分の持つ、ひとつの、立派な反応なんだなあって、思ってる。

 

 

 

 

でも、いまは、トライしてる。

 

 

わたしいま、なにを感じてる?

わたしいま、なにを思ってる?

わたしいま、なにが言いたい?

 

 

って。

 

 

 

わかりやすくて、

 

わたしは、

 

何か言葉を飲み込む時

何か感情を飲み込む時、

 

 

のどがいがいがする。

 

 

だからそのいがいがを取ろうと、

 

奥の舌を動かして、なんか喉をなでるというか、なんて表現したらいいかわからんけど、

無意識に、体が、それをする。それが合図。

 

 

 

 

 

んで、

 

 

最大に

究極に

 

飲み込んできた言葉ってのが、

 

 

 

『愛してよ!!!』

『わたしの方見ててよ!!!!』

『わたしから離れないでよ!!!!』

『どっか行っちゃわないでよ!!!!』

 

 

 

それが、猛烈な怒りとして、

デストロイヤーとして、登場してくる。

 

 

この根っこは、お母さんとの関係で、それは過去記事を見て欲しいのだけど。

 

 

 

 

この、猛烈な感情の、猛烈な怒りが

デストロイヤーが、

 

 

今回の直との北海道旅で、

バンバンに登場して。

 

 

 

お互いに、

頭叩きあったりもしたし、

 

わたしが運転中、

後ろを見ずに本気で投げた水筒が

直の頭に当たったりもしたし、

 

出てってどっかいく直を引き止めようと

肩にかけてるカバンを引っ張ったら

ひもちぎれたし、

 

直は、車を蹴ったりしてた。

 

 

 

お互いに、

 

封じ込められてきた感情が

デストロイヤーとともに、

爆発するように、でてきてた。

 

 

 

 

でもいつも、

わたしが、直を泣かせて、その戦いはおわる。

 

 

直はまたどこか片隅に理性が残るけど

わたしは完全にタガが外れる。

 

 

直デストロイヤーが、

茉優デストロイヤーに降参する

 

 

そんな形で、いつもおわる。

 

 

 

 

そしてわたしは、『罪悪感』を持ってくる。

 

 

愛する『資格』がないと。

 

 

でももうそれは、いらないんだとわかった。

 

 

少しずつ、行動にも移せるようになってった。

 

 

 

 

超絶に不器用だけど、

転びそうに危ういけど

 

 

それでも、

わたしのほんとうの望みに近い選択を

わたしのなかにある愛に近い選択を

 

 

少しずつできるようになってった。

 

 

 

 

『ひとの愛し方』を

直がわたしを愛することで

教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

押し込められることで

溜め込まれることで、

 

 

素直に出せなくなるのだと。

 

 

そこに、怒りや攻撃が、まとわりついてしまうんだと。わかった。

 

 

 

 

 

「相手がどうだから」とか

「相手がこう言ってるから」とか

「きっと相手はこう思うだろうから」とか

 

 

わたしが相手軸に立ってるうちは、

 

 

言いたいことは言えない。

ほんとうの意味で愛することはできない。

 

 

【傷つくだろうから、言わない】

 

 

それは、優しさではない。

 

 

 

 

わたしがわたしの中の、

快・不快に素直になること、

 

 

 

 

 

それで相手が傷つくことがあっても、

それは必要な傷だということ。

 

 

 

 

 

「相手が傷つくだろうから」

ってのは胸糞悪い言い訳で、

いい人ぶりたいだけ、

その結果を負いたくないだけというか。

 

 

 

それは、わたしひとり、自分ひとり、が

かわいいだけで、

 

2人の関係には、不誠実。

 

 

 

 

ほんとうの、パートナーシップって、

生半可なものじゃないというか、

やわらかくて、やさしいだけじゃ、

成り立たないんだとおもう。

 

 

 

覚悟もするし、傷も負うし、負わせるし。

 

 

 

それでも、

感じてるままを、

ありのままを、

 

1人の人間と

1人の人間が

 

 

たいせつにすること。

 

 

その先にしか、

 

 

心地のいい関係はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度も何度も解散しかけたわたしたち。

 

 

 

その過程での、

 

 

すべてのできこと

 

すべての感情が、

 

大切で、かけがえのないものなんだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでも、

 

100%ってさいこうなんだな

 

って。

 

 

例えそれが、怒りだとしても

 

 

 

100%に怒ってたらそれは最高だ。

 

 

なんでも、100%に、MAXに生きること、

 

そのときの感情を、感覚を、味わい尽くすこと、

 

 

 

それが、『生きる』ってことだし、

それが『生きがい』になる。

 

 

 

 

 

 

こんなにもキレることを、怒ることを、

自分に許せているということ、

それを出し切っても

大丈夫だと、相手を信じれていること

 

それって、さいこう。

 

 

 

 

 

何かをすれば

何かになれば、

 

生きがいって、得られるものじゃないんだろうなあ。

 

 

 

 

全ては状態。beingで。

 

 

doiogはそのための手段でしかなくて。

 

 

 

 

 

人はみな愛を体験しに、

この地球に生まれてきてて、

 

 

 

愛されること、

愛すること、

 

 

それを、学び体験していく。

 

 

 

 

 

愛されたいって、

その声が、強烈な感情となって、

強烈な怒りとなって、

叫ばれてるんだなあって。

 

 

 

 

そうに思えたら、

 

 

自分のデストロイヤーも

 

直のデストロイヤーも、

 

愛おしむことができる。

 

それができてる。

 

 

 

 

 

 

 

つい昨日、直と、もののけ姫を見た。

 

 

サンにプレゼントした、

刀みたいなネックレスで、

アシタカが傷つけられても、

 

アシタカはサンを抱きしめる。

 

 

そのシーンを見たときに、

 

わ、これ直だ、って思った。

 

 

 

 

相手の攻撃に

相手から負われる傷に

 

 

愛で返す。

 

 

 

 

 

それって、誰にだってできることじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

あとそういえば、

 

わたしたち大発見して、

 

 

直の男性性と

茉優の男性性は、仲良くなくて、

 

 

 

茉優の女性性と

直の女性性も、仲良くない時がある。

 

 

 

それはつまり、

 

 

茉優も直も、

 

それぞれの中の

 

 

男性性と女性性の開花と統合がされてなくて、バランスが取れてないってこと。

 

 

 

 

これによる、現象、現実を、たくさん目にする。その度にそれを、教えられて、それが面白い。

 

 

 

 

 

あんなにも、

「もっと愛してよ!!」

「もっと受け取ってよ!!」

「もっと与えてよ!!」

と、ぶつかり合ってたわたしたちも、

 

 

 

気づき、学び、今はまた新しいところに立っている。

 

 

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直の前でわたしが先に寝ること、

起きてる直の横ですやすや寝れてること、

それが新しかったね。ってときの直が撮ってくれてた写真。

 

 

 

 

 

わたしってつくづく、

どこまでも、細部にわたって

相手軸だったんだと

それが染み付いてるんだと、

痛感させられた北海道旅でした。

 

 

 

そして、どこまでも本気でぶつかりあって、本気で愛を交わし合った北海道旅でした。

 

 

 

 

生きててくれて、ありがとう、直。

ともに生きてくれて、ありがとう。

 

 

 

 

また今日から直と離れて、

わたしはひとり瀬戸内海の豊島へ。

 

 

 

家探しと1年ぶりのバイト。

 

お金を稼ぐということ、

働くということ、

 

わたしは何を感じるかな。

恐怖をどれだけ味わえるかな。

 

次のテーマは、「おかね」かなあ。

 

豊島でいっぱい味わってこよう。

直とのお産。屋久島から北海道へ。

 

今、北海道の、北広島を出発した。

 

道東の知床を目指している。

 

直と、軽バンに、布団を積んで。

 

 

 

 

 

 

屋久島から、北海道。

 

 

わたしにとっては大きな決断だった。

 

 

 

 

 

大きな決断だけど、

 

そうでしか、あり得なかったというか、

 

必然中の、必然、みたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何から話したらいいかわからないけど、

 

まず、ひとつずつ。

 

 

 

 

わたしが屋久島にいる間、

 

わたしと直は、物理的に離れていた。

 

 

 

 

 

直が、まぐあってくれる男性を募集する

投稿をFBでして、その結果興味を持ってくれて、会うことになった男性がいた。

 

 

 

わたしは、

 

直が、その男性とせっくすを

するかもしれないという覚悟というかを、

1人屋久島でしてたなあ。

 

 

 

 

その結果、

直には大きな気づきがあった。

 

 

自分の中にあった決めつけや固定観念

自分の中の女性性を開くためには

男性が必要で、男性器が必要、という概念を持っていたこと。

 

自分をないがしろにしてしまっていたこと。

その男性と会ったあと2日間くらい、

直は、落ちに落ちていた。

 

 

そして、本当の望み。

 

 

 

 

 

あ、結局その男性とせっくすは

しなかったけど、

 

ハグや体に触れることはしてて、

直から男性にキスをしようとしてみたこともあって、でもなんか無理で、キスはできなくて、

 

 

 

って、

 

 

なんでそんながんばるん!!!?

 

 

て直に思った。

 

なんで『頑張って』キスしようとする?

なんで『頑張って』せっくすをしようとする?

 

 

 

 

これが、そのやりとりの

直から茉優へのLINE

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ハグした
涙が出た

ちんこ触らせてもらった
ズボン越しに


オッサン臭かった
全然好きにはならないと思った


目の奥には優しさや寂しさが見えた


乳首触ってほしそうだった

嫌だなと思った


頑張って試しにキスしてみようかと思った


でも何かキツかったから
出来なかった

 

私がしたいソレ全部は
茉優なのにって思った

 

どうしていいか分からなくなった

 

茉優のこのLINEにたまらなく泣いた


北海道一緒に行かない?

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

わたしの中では、

その『頑張って』やることが、

理解できなくて、

少し、直に対しての

 

悲しみと怒りがあったんだなあ

 

って、今この文章を書いてて気付いた。

 

 

 

 

だから、わたしは、

直の

「北海道一緒に行かない?」

 

ってお誘いを断った。

 

 

距離もすごいし、お金もかかるし。

 

 

その、北海道っていうのは、

昨日あったイベントのこと。

 

 

 

《オーガズミックバース》

 

 

触れ合いや、安心や、愛、信頼

 

の中で、リラックスした状態で

 

自分を開ききった状態で

 

するお産は、気持ちのいいものなんだ

 

ってことを、教えてくれる上映会&イベント。

 

 

 

 

わたしは、わたしの中で、

 

 

「お産とか、まだ早いし」

「自分が子どもなのに、子どもを産むのは想像がつかない」

 

 

だから、

このイベントに、わたしは、行かない

 

 

って思ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、わたしがしたいこと

 

 

それは、

わたしの好きなひとたちと

わたしの大切なひとたちと

自然の中で生きること。

 

 

人と人とがつながる瞬間を、

たくさん、経験すること、目にすること。

 

 

それがしたいこと。

 

もっと言えば、

 

直と生きて

直と関わって

直と触れ合って

直とまぐあって、

 

 

って考えたら、あれ?

 

その先に、つながるものなんだ!って気づいた。

お産が。

 

 

 

 

延長線上のものだったって気づいた。

 

 

そうしたら、

 

直の北海道一緒に行かない?

 

って言葉も、見え方が変わってきて、

 

 

 

ただ、茉優と一緒にいたいから、

茉優と時間を過ごしたいから

 

だから、北海道一緒に行こうって

誘ってるって

 

受け取ってたけど

 

そうじゃなくて。

 

 

 

 

直は、

「あの、オーガズミックバースの

世界観を、茉優と共有したいんだ」

 

って。

 

そう言ってくれた。

 

 

オーガズミックバースすごいの。

 

出産までの時間も

産むその瞬間も、

 

パートナー

産む妊婦さん

 

の間に、

 

 

ものすんごい信頼関係と、愛、が存在してて。

 

 

 

キスをしながら、

ハグをしながら、

肌に触れ合いながら、

抱きしめ合いながら。

 

 

 

わたしからしたら、

 

これ、

《まぐあいながら、子ども産んでるなあ》

って。

 

そう思った。

 

 

てか、

 

まぐあい

から、

生命が生まれて、

 

まぐあい

ながら、

生命を産む。

 

 

 

なんじゃこりゃあ!!

 

ってくらいにその営みを美しいと感じた。

 

 

 

 

そして同時に、

その美しい営みを、

その感覚を、

 

わたしは、知っている

 

とも思った。

 

 

 

 

いつかのブログでも書いたけど、

 

直とのまぐあいの中で

わたしが感じたもの

わたしが味わったもの

 

 

まぐあいって

すごいものなんだな

って、

 

まぐあいって

すごい境地があるんだな

って。

 

 

 

 

女性同士で、

精子卵子なく

 

妊娠する人

子どもを産む人がいる

 

って、最近聞くようになったけど、

(それを宇宙妊娠と呼ぶらしい。)

 

ありゃ、できるわ。

 

 

って、思う自分がいる。

 

 

 

それだけ、

 

開ききった女性性と、

開ききった男性性と、

大きく、深い、愛は

 

壮大なパワーがある。

宇宙そのもの。

愛そのもの。

光そのもの。

 

 

 

 

人間とかいう枠を超えている。

 

 

 

 

わたしの中にある、

女性性と男性性。

 

 

直の中にある、

女性性と男性性。

 

 

 

茉優  女性性

直  男性性

 

は、もう、一度融合したのだと思う。

 

 

 

次のステージは

 

直 女性性

茉優 男性性

 

 

が、交わって融合するとき。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋久島から、成田への飛行機の中で、

 

 

ふと、思ったことがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしは与えられてばかりで

受け取ってばかりで、

愛されてばかりで、

 

いったいどれだけ、

与えることができてるだろう

 

いったいどれだけ、

愛することができてるだろう

って。

 

 

 

この世はいったいどれだけ

愛で溢れてるんだろう

って、

 

涙が流れたんだよね。

 

 

 

 

 

もし命が尽きるとしたら、

愛されて喜んでうれしくて、

ありがとうって、感謝して死ぬのもいいけど

 

 

わたしは、

なんか、

 

愛したいって、

愛し尽くしたい

 

って思ったんだよね。

 

 

というかもう、

満たされたんだと思う。

 

 

まだ、昔からの自我の癖やパターンは

持ち続けてるけど、

 

 

たっくさん

愛に触れて、

 

たっくさん、

愛をみて、

 

たっくさん、

愛を経験して、

 

たっくさん、

愛されて、

 

たっくさん、

愛を受け取ってきた。

 

 

 

 

 

「受け取る」という、

《女性性》が開いて、満たされて

 

 

だから次は

「与える」という、

《男性性》をひらくとき。

 

 

 

 

直はちょうど、まさに、

「受け取る」という

《女性性》を開こうとしているところにいる。

 

 

 

 

まずは、

それぞれの人間の中にある

女性性と男性性が統合されて、

 

そのあとに、

パートナーとの統合があるんだろうなあ。

 

 

そんな中に、いま、わたしはいる。

わたしたちはいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ?だーーいぶ、話が逸れたけど、

 

 

言いたかったのは、

 

 

 

わたしが屋久島にいて

 

 

直が群馬にいて。

 

 

せっくすしてみたいと募集をして

男の人とそういうやりとりがあって。

 

 

 

 

それ、

ぜーーーーーーーーーんぶ、

必要だったんだよね。

 

 

 

 

物理的に離れることも

 

 

男の人とそうに関わってみることも

 

 

それがあったから、

生まれたわたしたちのやりとりが、

本当に本当に大切で、

かけがえがなくて。

 

 

 

 

わたしたちの繋がりを

強い結びつきを、

 

思い出させてくれた。

確信に変えてくれた。

 

 

 

 

 

 

屋久島から成田に飛んで、

成田に直が、

わざわざ群馬から迎えにきてくれた。

 

 

 

会った時はまずうれしすぎた。

 

 

1人の人間と、

1人の人間とが、

 

ともに

「会いたい」って、

思い合えること。

 

 

 

その気持ちのままに、

2人ともが行動を、起こすということ。

 

 

 

 

そして、

わたしは南から

直は北から、

 

1つの場所をめがけて、

足を体を運んで。

 

 

ふたたび2人が会えるっていうこと。

何事もなく。

 

 

 

 

それは超絶な奇跡。

 

 

 

 

 

 

久しぶりに会った直は、

 

 

同じようで違くて

違うようで同じ人。

 

 

そんな感覚だった。

 

 

 

 

 

 

そして成田から青森まで行って

青森から、フェリーに乗って函館入りして

函館から、札幌を目指して

 

 

無事に目的のイベントに、

参加することができた。

 

ずっと会いたかったまゆみちゃんにも会えた。

 

 

イベントの、

オーガズミックバースのこと、

お産のこと等々は、

またそれ用にブログかこーっと。

 

 

 

わたしたちが子どもに出会えるのは

いつになるかな〜

 

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神聖だった、屋久杉。

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(きれいにとれたハート)

 

 

 

 

すごくすごくよかった。

 

 

 

縄文杉にたどり着くまでの、

8時間のトレッキング。

 

 

 

 

ほんとにジブリみたいで、

作られたものでも

美術でもなく、

 

 

いま

わたしの目の前に確かに存在してて、

自然たちは生きていて、

それを自分の目で「見る」ということ

 

 

ができてることが、

 

すごくすごくうれしかったなあ。

 

 

 

 

 

岩の感じ、

こけのかんじ、

草の感じ、

落ち葉の感じ、

空の感じ、

太陽の感じ、

木漏れ日の感じ、

川の感じ、

木のベンチの感じ、

木の鶴の感じ、

 

 

 

 

 

ぜーーんぶぜんぶが、さいこうだった。

 

 

 

 

 

ロッコ道の途中までは、

1人でトトロを歌って歩いてた。

 

 

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シカさんにも会ったよ。

 

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『人が祈る姿が1番、美しい』

 

 

ってことば、

よく聞くけど、

 

 

 

 

神聖で

美しくて

厳かな

 

ものを前には、

 

 

人は自然と、

 

手を合わせる生き物なのだと思った。

 

 

 

 

 

 

 

わたしは、

 

反射的に、

無意識的に、

 

心を奪われた杉の木を前に

 

 

ふと、なんの気もなしに、

手を合わせている自分がいた。

 

 

そして

「ありがとう。あいしています」

 

 

と、つぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ロッコ道おわって、

山道入ってからは、

 

「絶対にこれがゴールの縄文杉でしょ!!!」

 

って何度も思った。

 

 

だって、風貌、風格が、でているんだもの。

 

 

 

ものすごいものを放っている。

 

 

 

 

なのに、その先にもまだ道が続いている。

 

 

 

ん〜〜ということは、まだこれは、

縄文杉(=ゴール)ではないのかあ、、

 

 

 

 

その繰り返しだった。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それくらいに、

世界遺産区域に入ってからは、

 

 

 

空間のもつパワー、エネルギーが

すごかった。

 

 

 

木からでてるものが、あまりにも、神聖で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は、

23年間生きてきた中で、

いっちばん、時間も距離も、

歩いた日だったんじゃないかなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前に広がる

 

ひとつひとつの、いのちに、景色に

 

励まされながら、

 

足の痛みを感じながら、

 

呼吸を感じながら、

 

たまに音楽を聴きながら、

 

 

 

歩いてたそのときに、ふと、

 

 

 

 

 

どこまでも続く自由を、

 

際限なく広がる自由を、

 

感じた。

 

 

 

 

 

自由が、わたしの中の宇宙に、

 

 

めいっっっっっぱいに、

充満してることを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間に、涙が出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分で自分を『不自由』にしている、

 

ということは、

 

あたまでも、わかっていた。

きっと実感でもわかってた。

 

 

 

 

それとは真逆の

 

 

自分で自分を『自由』にする

 

 

この感覚。

 

 

 

 

「めちゃめちゃ自由やーーーーーー!!」

 

 

って叫んだ。笑

 

 

 

 

 

うれしくて

心地よかった。

 

 

 

 

 

 

ここまでのプロセスのひとつに、

【失恋と片思い】っていう、

直との関係のことがあって、

それはまたべっこで、ブログに書こうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの、感覚なんだとおもう。

 

 

 

 

どこまでも自由が広がる感覚。

 

 

それにうれしくて、涙が出る感覚。

 

 

 

豊島に行った時も同じ感覚があったなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとは、今回1人で行ったのだけど、

 

 

時間の過ごし方、

人との出会い、

 

 

1人で行ってよかったなあとほんとうに思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道中お昼寝したり、

川でぼーーっとしたり、

いい感じのところでおにぎり食べたり、

平らなところで横になったり、

そしてゴキブリ体操したり(仰向けで手足ぶらぶら)、

歌をひとりで熱唱したり、

疲れたときはちびちびゆっくり歩いたり。

(そしたら、おじさん「疲れてるのか?」って声かけてくれて、きれいな川を教えてくれて、すてきな景色と出会えた!)

 

 

 

 

 

 

 

 

前回、群馬の岩櫃山ってのに登ったんだけど、

 

 

あの経験、これのためだったのね!!!

 

 

ってすごくなった。

 

 

 

 

あのときは、恐怖ばかりみてた。

 

 

 

 

 

でもそんなんじゃ、

1人で山なんて登れないって、

坂爪さんのタイムリーな言葉があって、

 

 

 

 

結局は、

 

自分に自分で、どんな話を聞かせるのか。

自分に自分で、どんな世界を見させるのか。

 

 

 

 

 

わたしは、

 

 

いける、大丈夫。

 

 

って。

 

 

 

〜かもしれない

って、不安&恐怖は、とっぱらった。

というか、選ばなかった。

 

 

 

 

 

 

そしたら、前回の岩櫃山とは、

 

まっっっったく違う感じに登れて、

 

 

 

 

でかい岩だらけの、

木のツルだらけの、

急な山道に、

 

わくわくして、るんるんと、とんとんと

登ってる自分がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おもしろかったなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんとうに、いい経験になりました。

ありがとう。

 

 

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香港の人が撮ってくれた写真

 

 


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帰り道の夕焼け