mayu76’s diary

感じたままを、ありのままに、正直に。

2度目のヴィパッサナー瞑想 in インド

 

まずは。

さすがインドだった。瞑想中、日本だったらシーーーーーンとした空間。こっちではみな、ゲップもオナラもあくびも、すべてが盛大だった。

 

日本では、静かすぎて、息を飲むのも鼻をかむのも咳をするのも、緊張が生まれていたわたしにとっては、インドという空間での瞑想はとても気が楽でいれた。

 

そしてインド人、

この瞑想中に、構わず周りを気にしない感じ、

食事で並ぶ時に平気で割り込みする感じ、

周りのこと考えずに自分のペースを守りきるスタンス、

 

ああ、わたしは、このインド人たちを許せたとき、もっと生きるのが楽になるのだろうなあと思えた。

 

 

そして10日間コースは

わたしにとって、ほんとうに大切な時間となった。

内容は普段ケータイのメモに書き留めてる

内面日記をそのまま貼っつける。激長だけれど。

 

その前に簡単にヴィパッサナー説明してみると、

 

ヴィパッサナー瞑想は宗教でも宗派でもなんでもない。とても科学的で理にかなっている。

宇宙の真理というものを教えてくれる。

 

瞑想中はひたすら、体に生まれている《感覚》を《客観的に観察》する。どんな感覚が生まれていても《平静さ》を保つ。そして、どんな痛みもどんな苦しみも一生続くものなどなくて、すべてのものは生まれては滅びる、という《生成と消滅という真理》を自分の体の枠組みの中で理解していく、というもの。

 

旅人がヴィパッサナーに辿り着くことが多く、日本ではコースで出会った人みな、枠から外れたおもしろい人、旅人ばかりだった。大学を辞めた人率もめちゃめちゃ高かった。

 

以下メモ。

 

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【2月17日】

インドでのヴィパッサナー瞑想10日間コースが終わった。

何から文字に起こせばいいか。

まずは、とても大切な時間になった。

ようやく、いち小林茉優としての、
進む方向というか、

どう在りたいのか、
わたしにとっての「自分の足で立つ」ということ、

それが、何の外側からの言葉で張り付けられずに、
100%自分の中から、純粋に、湧き上がってきた。

 

これまでの自分は、
なおの中から生まれてる言葉と
自分の中とを混同していたと思う。
そのことに気がつくことができた。

距離が近ければ近いほど、
大切な存在であればあるほど、
混同しやすくなるのだと思う。

 

より近い関係になりたい
より末永く一緒に居られるよう
価値観や考え方を相手と合わせたい。

そんな思いがあった。

 

それを認めたその上で
でもそうではなく、
わたしの中で純粋に気付いたこと。
それは、

 

《自分の中に生まれる怒りや憎しみ、情欲、悲しみ、惨めさ、それを他の人に投げつけないこと。周りからも受け取らないこと。そしてやすらぎの中で、溢れる愛の中に生きる》

ということ。


それがわたしの中での、「自分の足で立つ」ということだと。

 

 

そして、
360℃周りに愛と感謝を持って、今この瞬間の奇跡を感じながら生きていたい。

それがわたしの在りたい、在りかた。

 

そこに横のつながり(今でいえばなおにあたる)が、あったらそりゃあすごくいいけど、まずの前提は360℃なんだなって。

そう、思った。

 

 

そして、

ここまでの言葉で使ってる「愛」というものは、いまわたしの中にある《利己的な愛》の先にあるのだということ。

 

人間とは利己的な生きもの。
「あなたを愛しています」という対象に対しては、自分の中での期待や願望がこもっている。だから、決してその人を愛しているのではなく、ひとは自分だけを愛している。

 

(だからある意味、家族の期待や願望を裏切って、自分1人覚悟を持って大学を辞めるという選択をしたことは、わたしと家族とを《本当の愛のステージ》に立たせてくれたのだと気づいた。)

 

そのような内容を講話で聞き、まさに、自分だ、と思った。

 


わたしがなおに対して持っている「愛」
それは利己的な愛にすぎなくて
わたしはわたしを愛しているだけなんだと。

まずはそれを認めることからなんだ。


「こんなゆるやかで心地のいい関係でいたいなあ」
「こんな食卓を2人で囲んでその幸せの中に生きてたい」
「自分がこれまで見てきた[すてきでいい感じの夫婦像]に自分もなりたいなあ」(2人とも戸籍は女だから、法的には結婚できなくても、周りから見られたときに、夫婦、みたいな、そんなパートナーでいたいっていう、強い思いがある。ここはすごく重要な、握りしめてる何か。)

 

 

そんな期待を、
そんな願望を、
わたしはなおに対して持ってる。

だからそばに居たくて
だから「愛してる」と言うのだと、
それを、そのことを、利己的な愛を、
自分の内に認めること。


そして、瞑想中に、ふと、いきなり出てきた
思いつきというか、イメージがあって、それは、

なおが、
いまあるものを剥いで、剥いでったら、
なおの在りかた、姿というのは
結果として【女性】に分類されるところに行き着く、というもの。

これがふと、自分の中に降りてきた。

 

でもそれっていうのは
利己的な愛を持つわたしが《望まないもの》

だってそこには、
わたしの期待する、願望するイメージはないから。
一気に別物になってしまう感覚が、いまのわたしには、ある。

 

それをイメージするときはいつも
何とも言葉にできない感覚が体を支配する。

複雑。と一言で言えば簡単だけど。

わたしはこれまで男性と付き合ってきて
分類されるならヘテロ
そして、同時に【レズビアンと思われたくない】そんなものも握りしめてる自分がいる。

(これはなおも同じだった。2人して「レズビアンに思われたくない」という同じものを握りしめてて共にいること、ほんっとうに、おもしろい。)

 

 

桑原直(子)という、
女性として生まれ
トランスジェンダー の診断を受け
おっぱいを取り
名前の(子)をとり
男性ホルモンを打ち
ヒゲやすね毛は生えてて
頭は坊主で


でもヴィパッサナーを機に、男性性への渇望と女性性への嫌悪から生まれる苦しみから解放され、ニュートラルで心地いいところを目指す。そのために
【自分の中に確かに存在する女性性を嫌悪せずに受け入れていこう】という流れになり、

ホルモン注射を辞め、
生理が始まり
筋肉が落ち
毛も薄くなっていってる
髪も伸びてる
そして何より顔が変わった。まとう雰囲気も変わった。より柔らかく女性的になってる。

いまのところ社会的な分類は男性の中にいるけれど、
ひげとすね毛剃れば女性でもいけるかもしれない

 

という、超絶グレーな人間と
付き合っていながらにして、
そんな超固定的な概念も握りしめてるなんともな矛盾。

そんな矛盾を受け入れよう。

 

そしてこっからが大事で、

そんな余計なものをとっぱらうにも、
利己的な愛を卒業するにも、
なおが、女性に近付くことってのは
まさにどんぴしゃで、もってこいで、1番の方法なんだということ。

 


【なおが女性らしくなっていく道=わたしの中での本当の「愛」の始まりとなる】んだということ。

 

 

それに、気付いてしまった。

そうなったとき、いまのわたしとなおとの関係性の色・カタチは、また変わってくるのだろう。

 

それに気付いた瞬間、
頭は猛烈に抵抗した。
それは外側の自分が、望むものではないから。

 

でも、気付いてしまったんだよね。
そう、わかってしまったんだよね。

 

わたしがなおに対して抱く
こう在りたい
こんな人生を2人で歩みたい
そういった期待願望を、手放すときは、近いのかもしれない。

 

そして、結果として女性に分類される、
そのなおの姿を、目の前にするときも
そのうち来るだろう。

 

そのとき、わたしは
レズビアンに思われたくない】という
余計な概念に縛られずにいれるのか、
なおと、
自分の在りたいように在れるのか、
自分の接したいように接せるのか。

それを見る日が来るのだろう。


ヴィパッサナーが終わり
10日間なおと離れていた。
そして今日10日ぶりに顔を合わせたとき
他人行儀に、よそよそしくなる、自分がいた。
それは前の日本でのヴィパッサナーでもそうだったのだけど、また今回も、
このなおと、触れ合ったり、ハグしたり、キスしたりすること、その感覚がどこかへ飛んでっちゃったような自分がいた。

あれ、わたしこの人と、恋愛的なことしてたんだよね?って。(この「恋愛的」って言葉から自分の固定観念に気付いたいま。)

どこかなおとの心の距離は遠いような。
この感覚は今後どうに変化していくのか。

明日から数日ステイする。
もう一度自分の奥深くと繋がろう。

 

あ、もう一つ、コース中にあった大きな確信。
それは、この10dayコースを機に、
【反対方向に車輪を回し始めるときなんだ】ということ。

 

これまでは《感情のままに生きる》ということをモットーに、自分の中に強い感情が生まれたときそれを我慢せずに生きてきた。

 

喜びなどのプラスの感情はもちろんのこと、
マイナスの感情も大切にしたくて、

怒りが生まれたときはそれをそのままぶつけて
悲しくて泣きたいときは涙が枯れるまで思いっきり泣いて、
悲しいときは悲しみを味わいつくす。

 

それが、人間らしくて、いいと思ってきた。
感情に対して《我慢》をしたくない、と思っていた。

 

感情的な自分を、どこか、それでこそ私だ、と自分を立たせていたわたしがいた。

 

でも、ヴィパッサナーの世界に入り、宇宙の法を知っていくと、
否定的な感情は、外に吐き出すと消化されたように見えて実はより潜在意識に刷り込まれていき、どんどん心の深くに溜まっていく。
そして心の汚濁に溢れていくのだと気付かされた。

 

これまで渇望の多くを恋愛に求めてきたわたしは、なおとの関わりにおいて本当に本当にたくさんの、サンカーラー(反応・反発)を生み出してきた。濁りを生んではそれをなおにぶつけてきた。怒りや憎しみや悲しさや惨めさをたくさんなおに投げつけて、たくさんなおを傷つけていた。


それは宇宙の法で、同時に自分にも返ってきてて、その濁りは心の奥深くへと刷り込まれてってた。固い岩に掘って掘って掘りまくってた。

 

 

でもこれからは、そんな心の濁りが生まれる度に、体の感覚を観察し、平静さを。すべてのものは生まれては消える。移り変わる現象にしか過ぎないということ、アニッチャを自分の体の枠組みの中で理解する、というヴィパッサナーをしていくんだ、と。

 

これまでとは、真逆のことをしていくんだと、それはすなわち、【ダンマの車輪を本来の正しい方向に、回し始めるのだ】と、そう確信した瞬間があった。

 


この10dayコース、自分の在り方の変化を感じれるからおもしろい。
瞑想の時の、自分の在りかたから、
講話で何が耳に残るのかから、
自分が前回の千葉での12月のコースから、
どう変化しているのか、気付かされることがいくつかあった。前回は性への渇望が凄まじかった。そのおかげか、今回は性はそこまで出てこなくて、食への渇望がすごかった。

 


コースごとに感じるものも、気付くことも、得るものも違う。それは当たり前なのだけど、おもしろい。

 

 

そしてこのインド。やっぱりすごい。
最後のメッターが終わり、すべてが終了したあと、パゴダに祈りを捧げた。
その行為の際、手を合わせ、涙を流すインド人がたくさんいた。
この感覚、ほんとうに神秘的で崇高だと感じた。

インド人の涙を見て、なぜか自分の目にも涙が浮かんだ。

この感覚を持って、またインドで10dayコースを受けたい、そう思った自分がいた。

神への敬意、
目に見えない存在への敬意、
そこに近いところに生きる人への敬意、

なんてすてきなんだろう、と感じた。

 

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コースが終わり聖なる沈黙が解けて、なおとてぃんくると会話をして、いくらか時間が経ち、なおに対しての感覚とか、自分の中で変化してるものもあるけれど、これはこれで、このまま残しておくとする。

 

 

 

いま、まさに揺らぎの中にいる。

わたしも、なおも、てぃんくるも。3人とも。

 

これからどうに転がっていくのか。

残り9日間センターで過ごす時間、何が生まれ何が変化するのか、しっかり見つめていこうと思う。

 

 

3人でコースに参加し、

10日間終わった後の、インド人を交えてのみんなでの記念写真で、おしまい。

 

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まぐ愛。未知なる世界への招待。

 

ミニくわを愛でた。

 

ミニくわにキスをしながら、

 

ありがとう、

ごめんなさい、

ゆるしてください、

あいしています。

 

と心の中で唱えた。

 

そうしたら、なおの目からは涙が溢れていた。

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きっとこの、目には見えない、波動というのかエネルギーというのか、愛と呼ばれているのか、その【何か】はこんなにもリアルに届く。

 

 

人間の手には力があって、

だから「手当て」という言葉が存在してたり、

おにぎりの持つパワーがあると思うのだけど、

それは、人と人との間での

触れ合いや、スキンシップにおいても、

さらにいえば、せっくすにおいても、

力を発揮するというか、

むしろその、

 

自分にとっての[繋がりたい人]との、

エネルギー【想い】のやりとり、

 

それこそが本質なのだと思う。

 

そしてもっと言えば、

これは手からのみ、溢れるものではなくて

全身から出すことができるのだと思う。

 

せっくすって、ほんとは、そんなものなんじゃないかと思いだしている。

 

 

なおという人間と出会って始めて感じてきたもの。

 

それは

 

お互いに触れ合いながら、

目と目が合うその瞬間に

じわ〜〜っと心の中に溢れてくる何かがあって

それが涙として流れる、

 

 

みたいな。

それが、2人同時に。

 

そんな感覚、そんな時間、そんな瞬間は

いままでのせっくすの時間にはなかった。

 

 

スキンシップ的な触れ合いと

性的な触れ合いの境界線が溶けること

 

心地よさの感じると

性的な感じるの境界線が溶けること

 

その先に

わたしの望む、すてきな「まぐ愛」の世界があるような気がしている。

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(これは小林煌さんというすてきなひとのつくる版画カレンダーの裏紙)

 

この写真のなかの文章で

 

《セックスのゴールは精子たちが飛び出すことでも、子どもができることでもない。愛と愛が響き合って、そこに光が産まれること。》

 

とある。

ここで「生まれる」ではなく「産まれる」と表現しているのがなんともすてきだなあと思うのだけど、

 

ここでいう光。それは生命だとわたしは思う。

 

ほんとうの、まぐ愛がなされたとき、

卵子精子がなくても

生殖行為がなくても、

生命がうまれること、あると思う。

 

そう断言できちゃうわたしがいる理由は、

去年の12月、千葉での

ヴィパッサナー瞑想10日間コース中に

 

【受精卵を口から吐く】という夢を見たから。

 

奇想天外だよね。笑

たかが、夢。されど、夢。

 

この夢を見た意味、確かにあると今思っている。

 

吐いているその地は、インドだった。

いま、わたしはインドにいる。

そして、その受精卵を1番に見せに行ったのは、なおだった。

 

そして、この夢と現実とが、ぽんぽん繋がってきていて、

 

先日、わたしのこの夢のことを知らない人からある話を聞いた。

 

それは、

すでに、性行為なしで女性間で子どもができた人たちがアメリカにいる、という話。その産まれた子どもはいま7歳らしい。

 

話を聞いたときびっくりしてしまった!

 

そして過去にわたしとなおとでこんなことを軽い気持ちで話していた。

 

「2人同時に、隣で手を繋ぎながら出産できたらおもしろいよね」

 

(なおはおっぱいはとったけど、子宮は残したまま。生理もちゃんときている。なおの子宮は生きている。=しようと思えば出産できる!)

 

その吐いた受精卵を一体全体どうやって、体の中に入れるのか、わたしにはさっっっぱりわからないけれど、でもなんだかあの思いつき、現実になるかもじゃん!と思っているわたしがいる。

 

 

そんなことあったらちょーおもしろいじゃん!

 それ、ちょーすてきじゃん!

 

ってな風に、ここらへんの話をするときのわたしはいつも、わくわくする。未知への好奇心、人間の可能性への好奇心、に心踊る自分がいる。

 

○受精卵吐く夢

○アメリカでの実例

○まぐ愛カレンダー

○うちらの妄想

 

それらが、パズルのピースがはまるかのように、何かを織り成しあっている。

 

人間とはこういうもん

 科学的にはこうであるはず

 

そういったものを握りしめて

限界をつくってしまえば

その途端に可能性は0になるけど、

本来、人間の持つ可能性ってもっと計り知れないのだとおもう。

 

「人間」って枠を超えて、

「生物」って枠で見てみると

クマノミとかなんちゃらとかは

無性生殖できたりするし、メス同士で子供できたりする。

 

だから全然、いろんな可能性が、人間にはあると思ってる。笑

 

そんなことを密かにずーっと思ってるわたし、レターポット始めてみました。よろしくね💌

 

レターポット関連からの、

お金の話、give &take の話、所有の話、インドでの話、またブログに書きたいな。

 

 

 おしまい。 

 

 

 

インド。なお。わたしの真ん中。

念願のインドに着いた。5日目。昨日の朝焼け。

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ようやく来れた。大学入ってすぐのころから、ずっと行きたいと思っていた。
インドが大っ嫌いになるひとと、大好きになる人と、両極端に分かれるという話をよく聞いていた。
そこで、自分はどっちに振れるのか、インドで自分を試してみたい、そんな好奇心がずっとあった。

5日目のいま、インドはおもしろい。
人びとはみーーーんなこころ優しい。

治安が悪いとかいろいろ言われてるけど
結局は自分がどんな世界を見たいかなんだ。

お金がないなら人に貰えばいい。
お金があるなら必要な人に渡したらいい。
お腹が空いてるなら人に貰えばいい。
お腹がいっぱいなら食べ物を分け与えたらいい。

スリをされたって、
欲しかったんだよね〜って
取ったやつ大事に使っておくれ〜って

そう笑い飛ばせたなら、世界はどんなに柔らかいだろう。

 

変に凝り固まった思考を握りしめてる必要はない。

 


道端で会ったある女性は
お金をちょうだいと手を差し出しながら、あはは〜っと笑っていた。
その姿にあっけらかんとしてしまい、自分達も笑ってしまった。
この、堂々さ、だいすきだ。

自分の欲求に忠実に。
自分のニーズに忠実に。

人に迷惑をかけてはならない
とか
1人でどうにかするもの
とか

自分の中の、【こうあるべき】はどんどん壊されて、なんでも許してしまえる。

本来人間はこうあっていいんだよなって。
そう、思い出させてくれる。


ただ、インド人は愛想笑いがないから、たまに怖い。
目の力がすごく強い。芯があって真っ直ぐ。
誤魔化しのない、純粋な目。

自分の中に取り繕いなどの不純なものがあると、インド人と目が合ってるその時間が苦しくなる。そして、目を合わせないようにしてしまう。

みんなインド人は自分の真ん中と繋がっているような、
わたしが手放したくてやまない
「どうに思われるか」
「こう思われたくない」
「こう思われたい」
そんなもん、いちっミリもないような。

余計な殻を脱ぎ捨てて
ただ、自分の真ん中と繋がり、生きる。

そんな姿をインド人の目に思う。


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インド着いてから早々にてぃんくるとはぐれ、ずっとなおと2人で時間を過ごしてるのだけど、
私たちのしていることといえば、


寝る、

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 食べる、(だいたい辛い)

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ケンカする

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くらいだ。

 


ほぼほぼベットの上にいる。
せっくすをするわけでもない。
ただ、ゴロゴロとダラダラしてる。笑

せっくすに関しては、
今がいちばんなおの中でのブロックの強さがピークにあると感じている。

性的なことへの嫌悪、自分の女性性に対しての嫌悪。

 

わたしになにができるのかは分からないけど、何かをがんばる必要は絶対なくて。

 

わたしが、なおという人間と出会って、新しく出会う性のグラデーションに触れて、こうやっていま向き合ってること、必ず何かの意味がある、と信じれてる。

 


せっくすって一体なんなのか。
付き合ったら必ずしなきゃなの?
そもそも付き合うって何?
すきってなに?
ハグ、キス、セックス、これらの境目は一体なに?
性的なものと、愛情表現、それらは両立する?するとしたらどうやって?

そんなことを昨日は話していた。

これ、誰しも答えを知らないんじゃないかってところに、落ち着いちゃった。

もーしかしたらもしかして、

せっくすが、愛情表現のひとつと言うならば

誰もが、誰とでもせっくすをする時代が来ることだって、あるかもしれない。

 

愛情の気持ちが湧くのは、たったひとり

恋人に対してだけってわけじゃないだろうから。

 

南米では初対面でのあいさつが

ほっぺにキスだったように、

日本じゃ考えられないような

既存の枠からは考えられないような文化が

無数に存在してて、これから新しく生まれる可能性だってある。

人間の可能性ってほんとに未知だと思う。

(ここに関してはフォーカスしてまた別にブログを書きたい。)

 

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そしてそして、

やっと作ったYouTubeアカウント。

https://www.youtube.com/channel/UCShYUxFKQY0DzHAqCFuOYag

 

旅の様子とか、なおとのやりとりを、映像に残していく予定。なにも編集もせずに、ただ撮ったままに。笑  

 

 

もがいてた〜逃げてた〜。

発信者になることを恐れる自分がいた。

 

自分の名前のアカウントに、

付き合ってる人の動画ばかりがあがる

その構図に、猛烈な抵抗感、ブロックがあった。

 

恋愛に埋もれて見えるんじゃないか、

相手に人生左右されていないか、

そんな偏見的な目を、自分で自分に向けたまま、なかなか抜け出せずにいた。

 

でも、

 

なおとの関わり、やりとりがわたしにとっての真ん中に含まれているのであれば、

それはやればいいんだ。

 

誰になに言われたって、

「これがいまのわたしのやりたいことなんです」って、そう胸を張って言えたらいいんだ。

 

 

てぃんくるも、なおも、いなくなった世界を想像する。

 

きっとわたしは、撮りためてたなおとの動画をひとりで世に出すだろう。

 

その理由はきっと、

なおという人間がいたことを、より多くの人に知ってほしいから。

わたしとなおとの間で交わしてきたやりとりを、より多くの人に届けたいから。

 

そうすることで、誰かの何かに触れることができる気がしてるから。

 

 

 

 

女でも男でもトランスジェンダーでもない

なおの性。

 

何かの枠に自分をはめようとすることを辞めて、ただ、自分にとっての心地よさだけを追求する。

 

既存のせっくすの概念の囚われから抜け、

ただ、人として繋がりたいと思う気持ち

そこだけで、やりとりがされる、まぐ愛。

 

そんななおと関わる中で、

わたしにもたくさんの揺らぎが起きた。

たくさんの固定的な思考に気付かされた。

たくさんの変化が自分に起きた。

 

 

わたしが魂震えるもの。

それはこれ。この映像見る度に、涙が流れる。

https://youtu.be/PnDgZuGIhHs

ぜひ、ここまで読んだ人、一目でいいから、ポチっとして、見てみてほしい。

 

わたしの魂はこの世界を望んでいるんだと、この世界に生きたいんだと、はっきりとわかった日があった。

だから、わたしは、なおと出会ったんだとはっきりと腑に落ちた日があった。

 

その感覚を忘れずに、

何かあったらその感覚を思い出しながら

これからのインド半年、共に過ごして生きたい。そしてその、生き様を映像に残していきたい。

 

そしてゆくゆくはてぃんくるの手によって、1つの映画になる予定!おもしろそう!そんなインド半年3人組の写真で、おしまい。

 f:id:mayu76:20180129222905j:image

 

 

 

 

 

 

 

さようなら。被害者ぶってたわたし。許せなかったわたし。

 

先日、インドへ半年行く前に、新潟に行き、家族に会いにいって来た。

 

そして今回の帰省で、わたしは自分の中の【とんだ勘違い】を改めて、そして心から、実感した。

 

それはお母さんとわたしの関係。

 

結論から言うと、

様々な状況の中で

お母さんからのわたしへの愛は

ずーーっと【そこにあった】ということ。

 

お母さんは

ただ、不器用で、表現できなかったり

伝えることができなかっただけ。

 

わたしは、

決めつけてひねくれて、受け取れなかっただけ。

 

そんな2人だったから、

なんだかぎこちなくて

希薄で、あたたかみが現れないような

そんな親子関係だった。

 

その関係の出発点は、自分にあったのだな、と。

 

自分の思考の癖や行動の癖の根っこ、ルーツは

ぜーんぶ、自分の幼少期にあって

それはお母さんがわたしを愛していなかったからだ!と、過去を勝手に決めつけて、これまで生きていたのだけど、そのことを素直にお母さんに話すことができた。

 

わたしが2年前に大学を1年休学したころから、様々な巡り合わせと変化があった。その大きな変化のひとつにお母さんとの関係があって、お母さんへの感謝の気持ちに素直になれたら、わたしたちの関係はどんどんいいものになっていった。お母さんの中に在る、愛をすごく感じるようになってった。

 

それでもずーーーっと怖くて聞けなかったこと、

それは、

 

【お母さんはわたしが小さいとき、わたしを愛していた?】

 

って質問。

 

それをね、勇気を出して聞いちゃった!!!

 

怖かったけど、

もしインド中にどちらかに何かあって

二度とお母さんと会えなくなったとしたら、

わたしは後悔すると思った。

どうしてもその答えを、お母さんの口から聞きたいと思った。

 

そしてその答えは

『うまく愛せていなかった。若かったしそういうのわかってなかったんだと思う。下手だったんさ』

 

(わたしの中の何かがほどけた)

 

 

わたし『でもお母さんの中でわたしへの愛は生まれた時からあった?』

 

(めっちゃ勇気出してきいた)

 

 

母『そりゃあったさ〜。そうじゃなかったら、今こうなってないでしょ?』

 

(わあ〜〜って泣きそうになった)

 

 

 いま、お母さんは44歳。

お母さんが19歳のときに結婚して、お兄ちゃんを産んだ。

その3年後の22歳のとき、わたしを産んだ。

 

そしてわたしが2歳の頃、両親は離婚した。

 

 

(以下、おばあちゃんから聞いた話)

お母さんはお父さんに叩かれたり殴られたりしてた。ある時本当に殺されそうになって、靴も履かずに裸足で近くの消防署に逃げ込んだ。それがきっかけで家族に連絡がいき、そっこー離婚となった。

お母さんはほんとうに、誰かに相談したりせずに、1人で抱え込むタイプ。

だから、ストレスで髪が抜け落ちたり、精神安定剤を飲んだりしてた。

身体中につくってくる数々のあざの理由を、いつも「転んだだけ」と嘘をついていた。

 

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お母さんには、お母さんにしかない

辛さや苦しみ、葛藤があったのだと思う。

 

離婚し、自分の子ども2人は離ればなれになり、わたしとお母さんと2人での生活の中で、生きるために、わたしを育てるために一生懸命働いてた。そして常に男の人と付き合ってたけど、そのおかげでわたしたちに生きる場所があった。(ある時期はずっと、わたしとお母さんの生きる場所は、その時のお母さんの彼氏の家だった。いくつか住んでた家を覚えてる。)

 

それなのにわたしは、お母さんが

 

水商売をして働いてて、

常に男の人とお付き合いをしてたこと

から

 

【[母親]である前に、[おんな]であるお母さんを許せなかった】

 

 

わたしより水商売がたのしい

わたしより男がたいせつ

 

気付いたら、そんな思い込みを強く強く持ってた。

 

そして【母親失格】のレッテルを自分の母親にはっつけていた。

 

母親なのも

おんななのも

いち人間なのも

変わらない1人の人間なのにね。

(ひどい子どもだ!)

 

だから、中学生くらいのときから

固く握りしめていたものは、

 

【お母さんのような、人生は絶対に歩みたくない】

【二の舞を踏みたくない】

【男に人生を左右されるのだけは嫌だ】

 

これを強く握りしめてた。

 

 

 でももう、お母さんを許して、

これらの概念を、手放すときなんだ。

 

「おんな」の面を見せるお母さんへの抵抗感が生まれた自分。

お母さんがいまお付き合いしてる人と幸せそうな姿を、素直に喜べなかった自分。

(なんて子ども!)

 

そんな自分とさよならするときだ。

 

きっとお母さんを許せたら

許せる自分が増えるのだろう。

 

許そう、お母さんを。

 

人に許せないことは

自分に許せないことと、同じだから。

 

 

わたしはとんだ勘違い野郎だったよ。

もう、「愛されてこなかった」とか言って生きてくのやめようと思う。

 

だって、お母さんの愛はずっとそこにあったから。

そしてわたしはお母さんだけでなく、おばあちゃんからもたっっっっくさんの深くてでっかい愛をもらって生きてきた。

 

だからなおの表現でいうと

人の2倍ひとりっこ。

 

お母さんも独り占めして

おばあちゃんも独り占めって意味。

 

確かにそうだなあと、いまの自分は思う。

 

おばあちゃんがお母さんを産み、

お母さんがわたしを産み、

 

この当たり前のようで奇跡のような《つながり》。

 

わたしは最高に恵まれてる。

わたしは最高に恵まれてきた。

しあわせな家庭、しあわせな家族を持ってるんだ。

 

 

 

最後ばいばいするとき、

お母さんとハグができた。

人生で2回目のハグ。

1回目よりもちゃんとした、あったかいハグ。

 

インドから帰ってきたら、みんなできれいな滝を見に行こうと約束をした。

 

お母さんとする、初めての約束。

うれしかった。

 

お母さんのあんな

楽しそうな表情、優しい声も初めて見た。

 

この小林家に、そんな新しい風をびゅんびゅん吹かせてくれたなおに感謝してる。

 

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お母さん、

今までずっと愛してくれてて、ありがとう。

その愛を受け取れなくて、ごめんなさい。

そんなわたしを許してください。

今この瞬間、あなたを愛しています。

 

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『大学を辞める』ということ。怖さ。

優しく見送られてるかのようなきれいな朝日を見ながらチェンマイを去った。いまはバンコクの空港にいる。今日の22時ごろ、関空に着く予定。

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今朝、わたしが辞めた大学の後輩からあるラインが入っていた。

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なんだかすごく、うれしかった。
母親のような気分で微笑んだ。笑
そして怖さを受け入れると、

肚を決めたんだなあと
かっこいいなあと心から思った。

 

 

彼とは先日2時間ほど電話した。
その時の彼の決定は
「大学を辞めずに休学をして海外へ行く」
というものだった。

親と相談した結果
社会人にもらった言葉

それらをトータルして出した結論だと言っていたけど、

 

それらはあまり、彼の真ん中から出てきている言葉ではないように感じた。

 

だから、正直に、ありのままに、なるべく言葉を選ばずに、わたしが思うことを彼に伝えた。

 

 

わたしは確信があった。

 

彼は身の周りにまとっているものを
すべて剥がしたら、めちゃくちゃ輝く人だということを。

 

 


何かに「所属」しているだけでも
実はエネルギーはそこに流れてて。
だからその所属を外して
どフリーに裸の《いち人間》になったら
もっともっと入ってくるものがあったのだろうと、休学を終えて退学をした今、わたしは思っていた。


「学生」という身分が安心なこと
いろんなことが許されること
世間の目があたたかいこと

 

休学なら帰ってくる場所があるから安心なこと
大学の仲間やバイト先、土地などのすべてと決別する必要がないこと

 

それはそうなんだよね。
怖くない。ほっとできる。安心できる。

 

 

でも真の道ってのは
その『怖さ』と真正面に向き合うこと。

 

 

自分は、
何から逃げたかってるのか、
何を怖がっているのか、

 

そしてその、怖さを避ける道は
本当に自分が望んでいる道なのか。

 

なにも怖さも不安も心配もなくて
ぜーーーんぶが上手くいくとしたら
『ほんとは自分、どうしたい?』

ってところ。


怖さの先にしか、ホンモノはない。

怖さを越えた先で初めて歩める『自分の人生』がある。


どれだけ怖さを乗り越えるかなんだと思う。

怖さを一歩超えない限り想定外のことは起きない。想定内の人生はわたしは嫌だなあ。つまらないと感じる。

 

 

だからとことん、自分が怖気付いてしまうようなものにこそ、光を当てて向き合うべきなんだと思ってる。

 

 

アタマでわかっていても
なかなか怖さの先に一歩踏み出してみることはすごく勇気がいるけどね。。

 

 


わたしが大学辞める時も向き合った。
もう「辞める」ということに覚悟を決めたとき、自然と周りの反対は消えていった。

結局は周りに起きる現実、現象は、自分の内側のエネルギーが決めているんだと実感した。

 

自分が覚悟できていなかったら、

自分の内側が決まってなかったら

そりゃあ親は反対する。

 

でも覚悟を決めれた時には、その人の覚悟を反対する人っていないんだと思う。

 

 

 

そしてぜーんぶの壁がとっぱらわれて
さぁどうする?ってなった時に
やっぱり最後の最後どかんと来る怖さはあった。

 

 

これまで小中高大と、ずーっと何かに所属していた。
それがここで初めて、何にも所属していない「ただの小林茉優」になる。
学生でもない、職場があるわけでもない。

そのことは小学生以降
22年間生きてきて、1度もなかったことだった。

 

学歴もない、免許もない、資格もない。

 

辞めてどうする?

仕事はどうする?

どう生きていく?

奨学金はどう返す?

 

そんなことが頭の中にいっぱいだった。

 

でももう決めたんだ。

「何かを身につけていく」生き方は、辞めるんだと。

 

どんどん脱いでいって、

他人や周りに左右されない

ありのままの、本来の自分に戻るのだと。

 

そして

何かやることがなきゃ、何かを辞めれないってことはないはずだと。

 

 

あとは

自分の真ん中を生きる人間を神様は見捨てたりしないんだと思う。どんなにお金の出所なさそうでも、もろもろ大変そうでも、真ん中を生きる人間を神様は『生かす』のだと思う。ちょうどい〜いタイミングで、ちょうどい〜いアイテムを与えてくれるのだと思う。

 

まずは【なんとかなる】と思うこと。自分が不安を見れば、現実も不安になる。

単純なことだけど、それがすごく大切な気がする。

 

大学辞める前の

「辞めてどうするの?」

という質問と同じくらいに多い質問。

 

それが、

「茉優っていろいろ転々としてるけど、お金どうしてるの?」

 

すごくすごく聞かれる。

 

 でもなーんかどうにかなってるんですよね。

おもしろいけど。有り難い。

 

お父さんからの不定期のお小遣いとか

奨学金もらってたものの、授業料は

ほぼ毎回、全額免除申請が通ってたから(ちょーラッキー。国公立のおかげ。母子家庭のおかげ。)その使われてない奨学金とか、あとは思いもよらぬところからお金が降ってきたりする。最近で言ったらなおのお母さんからの餞別とかね。

 

あとはそもそもお金がかからない。

ヒッチハイクすれば移動タダだし、日本でも海外でも友達んちとか瞑想センターに滞在すればタダだし。

 

いかにお金をかけずに楽しむかってのも面白い。笑

 

これからの奨学金の返済もおばあちゃんが

全面的に協力してくれるって言ってる。

 

そんなこんなでわたしは

わたしの好きなことをやれる。

 

 

自分が

好きなことをやれて

輝けるからこそ、

家族に渡せる『ほんものの思い』がある。

家族に渡せる『愛』がある。

 

そうなるとすごくいい循環が生まれる。

 

我慢の時代は終わったんだ。

 

 

 

大学を辞めたいま、感じるのは

なんだか肩の力がすーーっと抜けた感覚を感じてる。すごく気が楽で、ニュートラルな感覚でいれる感じ。

 

 

わたしにとって、大学という場所自体が
「こういうもん」っていう固定観念を押し付けてくるところだったり、課題に卒論に常に何かに追われるところだったり、就活などのみなと足並みを揃えなきゃならないっていう同調圧力を感じるところだったりした。

 

 

それゆえに、異様に人の目を気にしたりで、自然体でいれなかった。

 

 

だから、【自分が自分らしくあること】そんな自然なことが当たり前にできなかった。大学にいると、流れに逆らっているような、1人逆流をしているような、そんな感覚だった。そこで生まれる抵抗はいちいち、わたしの心にとってはストレスだった。

 

 

授業もつまらなく感じてきてた。
休学の間、フィリピン2カ月、ピースボートで南半球一周して、たくさんの人と出会って、たくさんのものを自分の目でみて、肌で感じてきた。

今のわたしは90分座って教授の話をずっと聞いてる時間よりも、自分の足を動かして、自分の五感でなにかを学び得ていきたいって思いが強かった。学生が受動的で、寝たりケータイをいじったりしてる、その講義室の空間に耐えられなかった。自分の中の何かが蝕まれていくような感覚だった。

 

そんなこんなで、12月の頭に大学を辞めた。

 

 

 

辞めてからの新しい発見。

 

それは
なにをしているの?って聞かれたとき。

 

これまでは「函館の学生です」

それだけでよかった。

 

でもいまは大学を辞めたことを説明する。

(でも本来は「ただの小林茉優です。」でいいはずなんだよなあと思いながら、、)

 

すると、あっけらかんと

 

「お〜辞めたんだねえ〜!」

「いいねえ〜👍」

「わたしも昔大学辞めたんだよね」

「うんうん、いいと思う」

 

などなど、そんな前向きで肯定的な返事が返ってくることがここ最近ほんと多い。

 

わたしが勝手にイメージしてた

世間体からの冷たい言葉は未だもらったことがない。

 

 

なーーーーーーーーんだ。

自分が自分らしい道を進む先で出会う人って、似た道を歩んでいたり、共感できることが多い人たちになってくるんだなあ〜と。そんな発見をした。

 

 

それなのにわたし自身がまだ

囚われを持っているんだよね。

どこかでジャッジ[判断]をしたがる。

 

だから、ついつい気になっちゃう。
旅で出会って仲良くなった人とかに
なにしてるの?とか何歳なの?とか。

聞いちゃう。。笑

そこにわたしは固定観念を持ってるんだよね。

そしてそのジャッジの目は他人だけでなく、常に自分にも向いている。

 

 でもそんなの、必要ないんだよね。

 

みんながみんな、自分の色を全力で出し切る先に、ちょーカラフルですてきな世界はあるんだろうな。

 

 

日本では高校卒業したら[就職or大学]って、流れが強くて、『なんとなく』大学に入っちゃう人って少なくないと思う。(もちろん目的意識あって入ってる人もたくさんいるよ)

 

でも、

『なんとなく』大学に入り

『なんとなく』4年生が過ぎて

『なんとなく』就活をしてみる。

 

それでいいの?

 

って思うことが多々あるのだよね。

 

この考え、意見は自分の経験からしかものを言っていないからすごく偏ってて固定的かもだけどね。

 

怖さもあるし、

世間体もあるし、

この先の不安もあるし、

親とのやりとりもあるし、

大変だった。大変なんだと思う。

 

だからこそ、この後輩の勇気はほんとうに素晴らしいと思うし、少しでも多くの人に触れられたらいいなあと思った。

 

 『こっから始まるんだなって思う。自分の人生は』そう彼が言った。

なんだかすごくうれしくて。

 

そう思える瞬間ってほんとうに言葉では表現できない感覚が体に起こる。なんかこう湧き上がってくるような。溢れてくるような。すごく幸せ。自分が自分でよかったと思える。

 

そんな始まりを歌っていたのが

私が乗っていたピースボート93回クルーズでの出港曲。

「Today my life begins 」Bruno Mars

その歌詞のわたしが好きなところだけのっけて終わりにしよう。笑

 

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 おわり。

 

 

 

 

 

タイもいよいよおわり。ブログ再開?

 

ノープランで始まった17日間のタイの旅も

いよいよ終わりを迎えてる。

きれいな夕焼けをみながら貸し切りタクシーに乗り、チェンマイの空港に着いた。

 

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去年の夏にブログを初めてみたものの続かず。笑

 

でもなんかいまなんとなくまたブログとして文字を書いてみてる。これが続くかどうかはわからない。笑

 

日記だったら7年続いたんだけどなあ。

断捨離精神で、日記もやめたけど。

 

あとはケータイのメモ機能に

自分の内側で起きたこと、生まれたことを、ありのままに、誤魔化さずに、取り繕わずに、文字にするようにしてる。

 

でもこれはあまりにも、どストレートで時にえげつないから、自分以外の人に見せるのにはすごくすごく抵抗が生まれる。

 

でも抵抗が生まれるってことは

自分の中に「ブロック」が存在してて、

ということは、その自分を許せていないということ。

許せていなくて、どこかで、

 

こんなわたしなんて、知られたらまずい。

みんなわたしがこんな人間だなんて思ってないだろう。

これを見た人にはどうに思われるだろうか。

 

っていう外側を気にする自分が発動する。

 

そして、ひとに、

知られたくない

見られたくない

→ 自分の中で受け入れて、認めて、愛せていない。

 

そーーーんな自分がわたしのなかには

いーーーーっぱいいるんだなあ。

 

ということに、一番近い存在の

なおが教えてくれる。強烈な鏡として。

 

タイでは前半はなおと一緒に行動を共にしていたけれど、自分の許せない部分をなおの姿に見ていて、反発、怒り、攻撃などなど、すごかった。

だからほとんどの時間が険悪だったりした。

 

それでももう、

向き合うと決めたから。

一緒にいる中でどう、居心地のいい世界を作っていくか、というところにいるから。

 

 

思い返せば本当にいろいろあった。

 

本当に。

何から書き起こせばいいのか、わからないほど。。

 

まぁ、結論から言ったらこのタイの旅は想像以上に濃かった。

 

起きる流れすべてに身をまかせることで、思いもよらない展開が生まれ、思いもよらない気付きを得る。

 

わたしとなおはお互いに「性」のことがやっぱ真ん中なんだろう。

 

わたしは12月の千葉でのヴィパッサナー瞑想の10日間コースがすべての始まりなんだけど、これまでの恋愛のしかた、「彼氏」という存在に求めていたもの、自分にとってのセックスの位置付け、もろもろの《真実》への扉が開いた感じだった。

 

女として、求められること、

そこに自分の存在価値を感じてた。

 

そうでいなければ立てなかったなんて、

なんて苦しいことをしていたのだろうね。

 

でも、なんか、

わたしみたいな人って

もしかしてちょーーーもしかしたら

意外とそこらへんにもいるのかも??

と少し思ったり。

 

自分の承認欲求を恋愛や性に求めるって。

 

家庭環境ぜんぶが自分を形作ってるわけではないにせよ、わたしが自分の中で作り上げてきた現実の中では、

 

DVが理由で両親が離婚し、わたしはお母さんの元に行ったものの、そのころ水商売に男の人とのお付き合いに、あまり『親子』と感じれる時間を過ごしていないと記憶してる自分がいる。ひとり孤独にいた自分を覚えてる。そして、いつのまにか「お母さんみたいに男に人生を左右される人間にはなりたくない」「お母さんの二の舞を踏みたくない」そんな思いが固く固く自分の中で作られていった。そしてお父さんの元へ行ったお兄ちゃんがたまに私たちのアパートに泊まりに来るとき、お母さんはめちゃくちゃ優しくてどんな甘えもきいていた。でもわたしにはそうじゃなかった。わたしよりお兄ちゃんの方がどうせお母さんは好きなんだ。そうおもってへそを曲げた日がどれだけあったことか。。

 

 

いつも自分は愛されていない

いつも自分は必要とされていない

いつも自分は生きてていいのかわからない

 

そんなことを感じ続けていた幼少期だった。

 

あくまで、『自分の中での』現実ね。

(人は好きなように物事を捉えて、好きなように思い込んで生きる生き物なんですよねきっと。そう思いたかったんだろうね。いまではお母さんとわたしの間には、愛はあったんだと思えている。)

 

だから

 

わたしは自分の中の『女性性』を土台に立っている人間だった。

恋愛をしてれば、彼氏という存在に必要とされていると感じて満足し、

体を求められれば、女として必要とされていると感じ満足していた。

 

そしてそんなわたしはいま、

『女性性』を、ずーーーっと否定してきた

トランスジェンダーのなおと、深い関係の中にいる。

 

これまで、わたしは異性愛者として、男性としか付き合ったことがなかった。というか、「おんな」でありたい気持ちが強かったから、その分男性らしさのある人が好みだったりした。

 

人生とはおもしろいよね。

 

ピースボートがきっかけで出会って関係が始まったけれど、自分でもはっきりと理由は分からなかった。

 

ただ、

これまで何年も心の声を押し殺して生きてきたなおを見て、

 

『なおには心のままに生きて欲しい。

幸せに生きて欲しい。そしてもしその手助けや支えに自分がなれるのであれば、そばにいたい。』

 

それだけだった。

 

ただ、言葉の囚われが強いわたしにとって、言葉から生まれる固定概念も強くて。

だからそこにある種の怖さを感じた。

 

「彼氏彼女」「妻と旦那」「結婚」などの

ラベルは、いつの間にか

2人がいち人間同士で《あかの他人》であることを忘れさせたり

相手は自分のものだという所有の感覚に陥ってしまったりする。そこから嫉妬や束縛も始まる。そういうイザコザってたくさんあると思う。

 

だから私たち2人の関係性には

「名前をつけないこと」

「ラベルをつけないこと」

「彼氏、彼女って呼ばないこと」

に決めた。

 

 

そして、

「お互いが自分の真ん中を生きて、その結果隣にいれたらいいよね」と話した。

 

そうやって、始まったなおとの関係から約1年経つのかな。

 

あれ、、

いつの間に馴れ初めの話になっているんだろう。

タイの話はどこへやら。笑

 

タイではそんな自分たちの根っこに繋がる気付きがたくさんあったんだよね。

 

ほんとうに大切な時を、過ごせた。

 

これからインドを控えてて

なおは女性性を受け入れて解放していく流れに入ると思う。

 

そのときに、わたしはどうなるのだろう。

わたしの中には、何が生まれるのだろう。

 

なおが女性らしくなること。

女装してインド旅してみようかって提案。

それをイメージするたびに正直、怖くなる。

 

 

わたしはなおに対して

変わらない気持ちのままいれるだろうか

変わらない感覚のままいれるだろうか

 

でもそれってきっと「変わらないもの」を求めても意味なくて。

それは「いまこの瞬間にもってるなおに対する感覚」への執着なんだと思う。

 

それを手放したとき

あら、こんな世界があったのね〜♪

みたいなところに行ける気がする。笑

 

もういいんだ。

どうに思われるとか。

 

見た目はおとこに見える。

戸籍はおんな。

おっぱいはないけど、女性器は持ってる。

 

そんな、なおと、いまこういう関係にある私は

異性愛者なのか?同性愛者なのか?

バイセクシャルレズビアン

 

もうそんなの決めきれない。

もうそんなのなんでもいいんだ。

ラベルわけしたいなら見る人が好きに決めたらいい。

 

白黒はっきりさせたがりなわたしが

どっぷりグレーなところにいる。

 

そっから今はまだ見ぬ、新しい色鮮やかな世界が始まっていく気がする。

 

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ひとまず。

タイはご飯美味しくて

人もみーーんなやさしくて

大好きになりました。

 

パーイなんかは手つかずの自然が豊かで住みたいなと思ったほど。

 

出会ったすべて人にコップンカー!

 

話それまくりのてんやわんやなこの文章を最後まで読んでくれた方、ありがとう😊

 

おわり。

 

 

 

心がいいなと思うもの

先日八雲のキャンドルナイト

後輩たちとレンタを借りて行ってきた🚗

 

まず会場がすごくいいところで

芝生に寝転がったり

子どもと池で遊んだり

すごくすてきな空間だった。

 

さらには

地球にやさしい

からだにやさしい

もの、食べ物がたくさん出店してて。

 

ニセコで自然と共生する生活の中で

わたしがふと、いいなって思ったのが

安心してせっけんを使えるってこと。

 

前に『ここのわ』さんで買ったせっけんは

植物性のものでできていて、

頭も顔もからだも全身洗えるし、

そのまま川に流しても大丈夫なせっけん。

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川の水を使って水道やお風呂が

使えてることを思うと、川に対して

『水を使わせてくれてありがとう』

って思う。

だからこそ、もし自分が川へ流すものが

自然に害なものがあったら

すごくすごく、罪悪感が出てくる。

 

自然は無条件に、見返りもなく、

こんなにもわたしたち人間に

ギフトをくれているのに、、って。

 

でも『ここのわ』さんのせっけんがあって

それを自分のからだにも、自然にも、

安心して使えるということが

すごくすごく、いいなあって思った。

 

だから今回の八雲キャンドルナイト

またここのわさんに会えるのを楽しみにしてたら、願い通り会えて、たくさん話せた。

 

そして今度せっけんの作り方を

教えてもらえることになった!!

 

自分のこころがいいな

と思うものを自分の手で作れるって

きっと、

ものすっっごく幸せなことなんだろうなって。

 

この八雲キャンドルナイトには

そんな人たちがたくさん集まっていて。

 

何かをつくるにしても

何かを表現するにしても

何かを伝えるにしても

 

きっとその人たちは

自分のこころがいいなと思うものを

作ったり、表現したり、伝えたりしてる。

 

そこに、こころに、

嘘偽りがない。

 

だからあんなにも、すてきに見えるんだ。

 

こころに嘘をつかないこと

誤魔化しをしないこと。

 

利益とかノルマとか会社のためとか

そういったもの全部とっぱらって

シンプルに【自分の心がいいと思うもの】

そこだけ。

 

こころがいいなと思うものを

信じ切ってる姿、

自分の真ん中を生きる姿、

すごく魅力的だと思った。

人としての純度の高さを肌で感じる。

 

そしてそう生きてる人が発してる

オーラのような、雰囲気のような、

目には見えない何か、があるなあって

いつも思う。

 

こんな風に生きたいなあって。

そういう理想像がいま、自分の中にはっきりとある。

 

だからこそ、

わたしも

心の声を流すことなく

曇りなき目で

いいなと思うものを大事に生きていきたい。

 

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